P.136

『……城戸君!?』

 向こう側の異変を察したまひろは、直ぐに携帯に接続していたワイヤレスイヤホンを抜き取る。

「優弥!? 何だって!?」

 瞬に問い詰められ、まひろは彼に向き直った。

「『壊せ』って……でも、彼の声……只事じゃないわね」

「じゃあ、壊すって……!」

 今、箱は舞の手の中に在る。

 舞はその箱を見て、優弥の真意を予想した。

 その答えは、もう三人共に解っている。

「えぇ……持ち帰ってどうこう、じゃない。『今直ぐ破壊しろ』って事ね」

「だけど、ここで壊すったって……!」

 瞬は舞の手から箱を持ち上げて、試しに両手で思いっきり圧迫してみる。が、箱は変形すらしていない。

「壊れんのかこれ!?」

「やるしかないってば! 何か、ハンマーとか……!」

「そんな都合の良いモン無かったっしょ!」

 急ぐ必要が有るのは事実だろう。だが焦れば焦る程に選択が狭まっていく気がして、まひろは敢えて時間を掛けて模索した。

「せめて、何か重たい物とかが有れば……」

 砕く事が出来るかもしれない。

 そう思って部屋を見回すと、それが出来る物も限られてくる。

 まひろの呟きに応えるように、瞬と舞の視線が重なった。

「ベッドだ!!」

「ベッド!」

 二人は声を揃えて鉄製のベッドの片側を持ち上げる。

「ぐおっ……!? マジで見た目より重いなこれ!」

「じゃあ充分でしょ! まひろ、箱置いて!」

 まひろは瞬から箱を受け取ると、四つ足ベッドの足元、跡が付いている床の上に箱を設置する。

「二人とも、足、気を付けて! 挟まないでね!」

「オッケー! 瞬君、思いっきり体重掛けて!」

「オーライ! 舞ちゃん、もしかして体重有る方?」

「はっ倒すよ!!」

 二人の力で持ち上げられる高さまで持ち上げて、一度二人は目線を合わせた。

「いっくぞー!!」

 カミーラの一角に、向こう側の音声が溢れ出す。

 三人が無事であった事に胸を撫で下ろした和輝は、続けて聞こえる慌ただしい音でこちらの意図が伝わった事を感じ取った。

 先程、箱を見つけたと言われた時の籠飼、いや鈴鳥父の動揺。

 間違いなく、あの箱と深く繋がっている。そしてそれはどうやら、思っていたよりも彼にとって大事な物の様だ。

 なら、その大事な物を破壊したならどうなるか。怒り狂うか。それとも……。

(いいや、まだだ!)

 机に突っ伏しながら、和輝は籠飼を睨み上げる。

 我ながら情けない姿を晒していると思いつつ、顔の向きに居る鈴鳥を見て和輝は苦し気に語り掛けた。

「鈴……鳥、さん……優弥の……言葉、聞こえただろ……!?」

 箱を壊す事は間違っていない筈だ。だがそれだけで終わりにはならない。

 現在籠飼を支配しているのは鈴鳥父とはいえ、鈴鳥と会う為に小鳥遊に連日連絡をしていたのは籠飼本人だ。

 籠飼との繋がりを絶たなければ、全ての解決とは言えない。

「良いのか……!? こんな……男で……! これから先も、こんな風に……誰かを……君を傷付けるかもしれないんだぞ……!」

 繋がりを絶つ。言ってしまうのは簡単だが、それは和輝には出来ない事だ。

 籠飼と鈴鳥父、両方を拒絶する言葉を、鈴鳥紗枝、本人の口から引き出さなければ。和輝では、意味が無いのだ。

「和輝さん……! もう限界かも……!」

 悲痛な夏樹の声が内側から聞こえて来る。

 今の和輝の体勢では彼の身体を操るのは難しかったのだろう。和輝の腕より少しだけ浮き出して、夏樹は両手で鈴鳥父の青白い腕を押し退けている。

 充分だ。少しの間だけで良い。その時間を作ってくれた夏樹には感謝しかない。

 和輝は肺に残された僅かな空気を使って、もう向こうには伝わった言葉を鈴鳥紗枝に求めた。

「君が……君が言うんだ! 俺じゃなくて、君が!!」

 目の前には倒れ込んでいる二人の男。

 電話から聞こえる慌ただしい声。

 必死に食い止める少女。それらを見下ろす籠飼。

「……こわ……して……」

 この数十分間何が起きたのか理解も出来ず、肩の震えが止まらない。

 瞳には零れ落ちそうな程の涙を溜めて、カタカタと震える両手で、鈴鳥は足元の携帯電話を拾い上げ。

 そして向こう側へ叫んだ。

「その箱を、壊してッ!!」

 慟哭のような叫びが店中に響いた後。

 電話口の向こう側で、盛大に砕け散る音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る