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「僕に……? ハハ、そんな馬鹿な。だったら今日来てないよ」

 その言葉を聞いて、鈴鳥は安堵する。彼の言う通り来た時点で解っていたつもりだが、口に出して貰えると安心感が増す。

「それに、今日こうして会えたのは運命だと思ってる」

「……はぁ?」

 和輝の口から、思わず間の抜けた声が出てしまった。

 運命、だと。そんな歯の浮くような台詞をよくもまぁ言えたものだ。和輝だったら恥ずかしくて頭に浮かんでも言えやしない。

 籠飼は続ける。

「だって、そうだろう? あの小さな箱一つから、こんな繋がりが出来たんだ。やっと彼女と話せる事が出来た」

(何、言ってるんだ? 今まで話をしてこなかったのはアンタの方だろ……)

 それに、箱は飽くまで切っ掛けの一つに過ぎない。繋がりが出来たのは鈴鳥が彼に話し掛ける勇気を持てたからだ。『箱から始まった』訳ではないだろう。

 不審な視線が籠飼に向かう。隣の夏樹は、既に少し席の距離を空けていた。

 前に瞬が言っていた事を思い出す。言っている事とやってる事がチグハグだ。乖離している。

 まるで、籠飼が二人で別々に動いているような違和感だ。

「じゃあ……その箱、籠飼さんにとっても大事な物ですね。俺、どんなのか見た事無いけど興味有るなぁ」

 話だけは繋げようと和輝は試みる。可能なら、ある程度まで二人で盛り上がったなら自分は退散しておきたい。

 横目で鈴鳥を見ると、彼女は何かを考えるように俯いている。

 それを疑問にしか思わなかった和輝に、非は有ったのだろうか。

「な、なら……」

 鈴鳥には順調に思える流れ。前向きになる思考。今までに無かった異性との距離感、それを思わせる言葉の数々。

「もし、籠飼さんが要らなくなったなら……相田さんにあげても良いです……よ?」

 彼女は、つい試したくなってしまったのだ。

 彼が、何処まで本気で言っているのかを。

 和輝はギョッとして、真正面の夏樹と見合った。

 それは確かに目的の一つだ。だが、この流れで言ってしまって良いのか。いや、きっと。

「駄目だよ。彼にあげるなんて言っちゃあ」

 当然、和輝の予想通り籠飼が割り込んでくる。

「彼、ただの友達なんだろう? 別に、そこまで仲が良い訳じゃないんだろう? それとも君……」

 籠飼の視線が和輝に向く。居た堪れずに、和輝は直視を避けた。

「彼女を紹介しておきながら、実は自分の方が親密だって見せたいのかい?」

「い、いや……そうじゃ……」

 籠飼が急に矛を尖らせてきた。心底面倒だという気持ちと、どうにか切り抜けなければという気持ちが混在する。

 何を言えば良い。

 いや、考えるな。直ぐに返事を返せ。

 否定だ。否定をしておかないと更に面倒になるぞ。早くそれを言わないと……。

「ちが……」

「で、でも。あの箱だったら相田さんにもあげる予定でしたし……」

 和輝の否定よりも先に、鈴鳥が言葉を発してしまった。出だしに詰まった分、僅かに鈴鳥が和輝の声に勝って被さる。

 決して悪気が有った訳ではない。箱がまだ有るなどと思わせる発言をしたのは。

 嘘だ。そんな物は無い。あれは籠飼に渡した一点だけ。

 決して悪気が有った訳ではない。鈴鳥はただ、この機会を逃さないように彼女なりの勇気を振り絞って一歩を踏み出したのだ。

 ただそれは、和輝にとって最も追い込まれるレールに道が逸れてしまった。

 駄目だ。時間が経てば経つ程窮地に立たされる気がする。どうする。

「……お待たせしました」

 その時、和輝達の座席に大きな影が舞い込んできた。

「アイスカフェラテ三つと、オレンジジュース、ですね」

 優弥はいつもの無表情で素っ気無く言うと、テーブルに四人分のグラスと伝票を置いて和輝に視線を送る。

 助かった。と和輝は思ったが、同時に優弥の顔がやけに緊張している事にも気付いた。

 優弥は和輝を見た後、直ぐに籠飼に視線を移している。

 彼には、視えていたからだ。

 籠飼の身体に重なる霊の腕を。

 しかし、優弥が気にしているのはそこだけではなかった。

 先程、遠目からでも見えた危機感。

(この霊……マズイな。抵抗できるか判らん和輝ってのがマズイ)

 近くに寄るとそれが肌に伝わって来る。

 この霊、攻撃的だ。しかも鈴鳥と同じく、特定の条件下でその意志を現わしている。

 最初に視た時は何もなかったが、鈴鳥と和輝が話し始めた時から和輝に圧を向けている。夏樹には反応していない。

 つまり、籠飼の霊は鈴鳥のものと酷似している。彼女に近しい異性に対して威嚇をしているのだ。

 問題は、籠飼の霊が攻撃的だという事。バックヤードから見ていれば、徐々に腕が和輝の方に迫っている。

 どうしたものか、と優弥はその場で考える。

 一度訪れた静寂。

 それを破ったのは、先程の鈴鳥に対する籠飼の返答だった。

「いや、それはない。あの箱は僕が貰った一つだけ。そうだろう?」

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