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机の上、テーブルの下、スチールラックの中。
三人掛かりでリビングの中を探索するも、無い。何処にも見当たらない。
鍵が掛けられた引き出しの中に入れていた物だ。目に見える場所に置いていないのは当然と言えば当然。
もう調べられる所といえばソファの隙間や、スチールラックの壁の間など細かな部分しか残されておらず、しかし思い付く限りのそういった部分を調べてみても箱が出てくる事はなかった。
「これだけ探して無いってことは……」
否応無しに、瞬の手が隣の洋室に掛かる。
三人は洋室側を確認しなかった訳ではない。だが、扉をスライドさせた先のあまりの散乱ぶりに、洋室を探すのは後回しにしていた。
「こっち側か……」
滑りの良いスライド扉のローラーが、三人にその姿を見せる。
何が何処に置かれているか区分も分けられていない。ただ乱雑に、今使わない物だけを投げ入れたような部屋。
本とノートが床に積み重なっている。壁際に置かれている未開梱の本棚。開きっぱなしのトランクケース。
小物まで合わせれば、半日掛かっても全部を調べられるとは思えない。
「クッソー……やるしかねぇか……!」
瞬を先頭に三人がその魔境へ足を踏み入れる頃。
鈴鳥紗枝は、困惑していた。
(他の男と……って)
先程、籠飼が口にした言葉だ。
思いもしない台詞だった。まるで、嫉妬されているみたいではないか。
それは、鈴鳥にとって歓喜極まる言葉と言っても過言ではなかった。そんな、まさか、彼の口からそんな言が聞けるとは。
自分が今日ここに呼ばれたのは、籠飼翔と会おう、とまひろ達から連絡が届いたからだ。
何故急にそのような提案がなされたのか、鈴鳥にも少しの疑問は有った。しかしこれは自分が頼んだ依頼だ。もしかしたら解決する為の必要な過程なのかもしれない。そう思って、快諾とは言えない返事をしてしまったし、前日まで緊張は取れなかった。
今の状況は和輝達にはどう感じられているのだろう。順調なのだろうか。
自分にしては頑張っていると思う。これでも、いつもより異性と喋れている。
元々異性と喋る事自体が苦手だった鈴鳥は、会話での交流から恋を始める事は無かった。これまでも、片思いというものは経験した事がある。一度目は中学生の頃のクラスメイト。二度目は高校生の時の別クラスの同級生。
しかし、話す機会を生み出せなかった彼女に、話し掛けるという行為はとてもハードルが高く。
結局そうした機会を作れないままに、恋は一方的なものとして、吹いた瞬間だけ大きく膨らむようなシャボン玉のように浮かんでは消えていく。
籠飼翔にしてもそうだ。彼を見たのは偶然女性の友人に連れられた高校のバスケの試合だった。今にして思えば、あの女友達も彼が目的だったのではないだろうか。兎も角、その試合の最中で彼を見つけた。会話が生まれない鈴鳥が恋を始める瞬間は、相手の容姿。つまり一目惚れだ、それが事実だった。
今度こそ、と思って早半年。気付けば自分も彼も高校から離れている。
大学に入れば、周りは既に恋人同士だらけというのが、鈴鳥の焦燥感を煽らせた。
このままで良いのか。何だか自分が低い地位に居るみたいだ。羨ましい。
鈴鳥紗枝をこの依頼に駆り立てさせたのは、自分の居場所を確保したいと羨む気持ちと異性に対する積極性の無さを克服したいと願う気持ちを願っての気持ちが前面に出て抑えられなかったからだ。
だからこそ、鈴鳥は困惑していた。
それは、籠飼が来る前に和輝から言われた一言。
『もしかしたら、鈴鳥さんを見ている視線の方から解決出来るかも……』
それは、鈴鳥の目下の悩みの種である。何処からか誰かの視線を感じるが姿が見えない。いつからかは覚えていない。大学に入った時からなのは、そんな気がしているが。
見えない怖さが自分の頭痛を併発させているのだろう、と鈴鳥は半ば諦めかけているが、彼女だって解決出来るならそうしたい。
それが、この会談で解決しそうとはどういう事だろう。今のところそんな気配は一切無いのだが。
鈴鳥は、先の和輝の言葉以上の事は聞いていない。気にする程の事では無いという事だろうか。
「わ……私も、籠飼さんと会えて……嬉しいです。少し……不安だったのは、そうなんですけど」
気にする事は無いのなら、鈴鳥の気持ちは前に向いて然るべきだ。隣に補助も居る。気になる事も今なら積極的に訊ける。
「か、籠飼さんなら……もう、彼女とか居るんじゃないかなって……」
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