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『何か出てます!』

 ナプキンの内側には、短くそれだけ書かれていた。

 和輝は少し困惑した上で、夏樹の手元に在る鉛筆を奪った。コソコソやっても逆に怪しまれそうだ。ここは、仲の良い従妹同士の戯れという感じで堂々としておこう。

『視えてるよ。お前、気付いて無かったのか?』

 同じナプキンにそう書いて、和輝は夏樹にそれを返した。

 やや遅れて返って来たナプキンには『家に行った時は 自分のことで せいいっぱいだったので』と殴り書きされている。

 大きな溜息を吐きたい気分だったが、二人の手前、それはぐっと飲み込んだ。

 だが、その忍耐が切れそうな、更なる悩みが和輝に振り掛かる。

『相田君、聞こえる?』

 携帯から、微かにまひろの声がする。

 本当に小さな声だ。スピーカーの設定なのに、耳を近付けなければ聞き逃してしまうそうなくらい。

 和輝は急いで一度スピーカーを切り「ごめん、ちょっと電話……」と言って座席の角に身体を埋めた。

 まひろは小さな声量で、しかしハッキリとした活舌で和輝に告げた。

『箱が……無いわ。無くなってる。何処かに移したのかも』

「……了解です。戻します」

 和輝はそれだけ返して、再びスピーカーをオンにした。

 そんな気はしていた。何事も、万事上手くいくとは限らない。

 だが、焦ってはダメだ。焦って籠飼に悟らせてはいけない。

「いやに深刻そうな顔だね、どうしたの?」

 籠飼の問いにも、和輝は飽くまで冷静を装った。

「あぁ、いえ……サークルの先輩からで。大事な物を勝手に違う場所に置いてしまったみたいで……皆困ってるって」

 冷静、冷静だ。

 和輝は自分に言い聞かせる。

 大丈夫だ。時間にまだ余裕は有る。

 籠飼の家からカフェ『カミーラ』までは徒歩圏内。彼が車で来た様子は無い。

 ネットのマップ上調べてみたところ、家からここまでは徒歩で約二十分。往復で約四十分。

 つまり和輝の予想であれば、この店内で約二十分の時間を稼げば良いだけだ。

 店に入って既に十分は経っている。焦る必要は無い。雑談でもして飲み物を待てば、直ぐに経つ。

 問題が有るとすれば、籠飼と鈴鳥の両者に憑いている霊の存在。

「そうか……サークル、行かなくて大丈夫?」

「あ……はい。別に、俺が行かなくても解決しそうなんで」

「きょ、今日は相田さん以外はいらっしゃらないのですか……?」

「あぁ、いや、一応優……城戸も居るよ。ここ、アイツが働いてるとこだから」

「城戸? 鈴鳥さん、知ってる人?」

「知ってるって程では……か、顔見知りのようなものです」

 どういう事だ。この二人が会話を始めてから、二人の霊の存在がますます強まっている気がする。

「良かった。ここに来て、仲の良い男とか出てきたらどうしようかと」

 霊同士で同調している。いや、違う。そんなものではない。

 霊同士が、対抗しあっている?

(三人共、早く見つけてくれ……頼むぞ……)

 和輝は、額に汗が滲むのを感じて祈った。

「箱が……無いって、どういう事!?」

 引き出しを元の位置に押し込んで、まひろは詰め寄って来た舞と入れ替わりに部屋の中央に移動した。

「無いのよ。いくら小さいとは言え、見逃す程じゃない。保管場所が変わってる」

「気付かれたって事ッスか?」

「いえ……」

 まひろは思案して、その場で顎に手を当てた。

 籠飼と連絡を取り合っていたのは、常にまひろだった。

 今日、鈴鳥と会うように勧めたのも、ミッターを通じてまひろが切り出した事だ。向こうからすれば、今日のセッティングはまひろが主になっていると思われているだろう。そして現在、カミーラには一緒に侵入した夏樹も居る。和輝から緊急の連絡も来ていない。

「気付かれたなら、私の誘いに乗って来るとは思えない……単純に、隠す場所を変えたんじゃないかしら」

「どうして……?」

 ひたすら質問を続ける舞にではなく、部屋全体に視線を向けてまひろは返答した。

「解らない。でも、探すしかない」

 この狭く広いマンションの一室で、たった一つの小さな箱を見つけ出さなければ。

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