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「お客様、二名様ですかー?」
来店を知らせるベルが鳴って、一同は十回は繰り返したであろう所作で再度入り口を振り返った。
「はい。あぁ……えぇと」
「まひろ! 夏樹ちゃん!」
呼び掛けに気付いた二人が、一斉に声のした方を向く。白いワンピースを揺らしながら夏樹が早歩きで席に迎い、隣のまひろは微笑して店員に顔を向けた。
「……あそこの席と一緒で」
和輝と優弥、瞬と舞。二人ずつ対面に座っていた、その和輝側の座席にずずいっと夏樹が座り込んで来る。
これはやり遂げた顔だな、と優弥と一緒に席の奥に移動する事を余儀なくされた和輝が労いの言葉を掛けようとすると、テーブルの前にフワリと赤茶のポニーテールが靡いた。
「頂いて来たわ。籠飼君の、家の鍵」
「大した生徒だ」
優弥がメニューを取り出しながらまひろを労う。
いや、これは労っているのか。少なくとも先程の電話を気にしてはいるのだろう。
「あれは……しょうがなかったのよ。他に男の影が有るなんてマイナス要素にしかならなかったもの」
目の前で開かれたメニューに視線を落としたまひろは、そのまま近くの舞側の席へ落ち着いた。
「いいさ。それより何か飲むか?」
「アナタの奢りで良いなら」
まひろの返答に、優弥は更にまひろの方へとメニューを押しやった。
「っていうか、まひろさん……家の鍵? 見つけるのは箱なんじゃなかったんスか?」
キョトンと訊ねる瞬に、まひろは微笑を向けた。
「勿論、箱も持ってるわよ。夏樹ちゃんに渡してる」
ねぇ、と視線を向けられた夏樹が、大きく頷いた。
自前の真っ白なワンピースの何処にそんな部分が有るのか判らないが、夏樹は収納していると思われるお腹の辺りを撫でている。
次に、脇腹の辺り。
太ももの付け根、臀部、ふくらはぎ、肩。
皆の注目を集めている中、一向に姿を見せない箱に和輝は徐々に嫌な予感がした。
「あの……まひろさん……もしかしたら……」
笑顔のまま、夏樹がまひろの顔をじっと見つめている。
皆が察するまでに時間は掛からなかったが、まひろと夏樹の二人だけはお互いに見つめ合ったまま固まっていた。
「……失念していたわ」
頬に手を添えて、まひろは肩を落としている。
その向かいで、夏樹も同じくがっくりと肩を落としていた。ただ、こちらは落とし過ぎて頭がテーブルの上に乗っかってしまっている。
「服や靴ごと透過してるのを見て何とも思ってなかったけど……夏樹ちゃんの透過する力って『持っている物全部』に影響を及ぼす訳じゃないのね」
まひろと夏樹の行動を整理してみると、和輝にも箱の現在地が何となく頭に浮かぶ。
夏樹が籠飼の部屋から脱出を試みた時、彼女は壁を貫通した。
その際、夏樹や着ているワンピースはそのまま通り抜けられたものの、箱と机の鍵だけ貫通出来ずに手元から落ちてしまったのだろう。
つまり、その二つは最後に夏樹の居た場所。未だにベッドの下だ。
そう言われれば、和輝の家に居た時も、サークルの部屋に侵入した時も、夏樹は服以外の物を持ってはいなかった。それが出来るといった実証が無かったのだ。
「ごめんなさいぃ……」
夏樹は今にも泣き出しそうな顔をテーブルの上に起き上がらせた。
「き、気にすんなよ。戻って来れただけで良かったじゃんか!」
と和輝が励ましてみるも、本人の中で反省を消す事は出来なかったようだ。長い黒髪が海藻のようにテーブルに広がって、今日見た中では一番幽霊をしている気がする。
「そうだねぇ、箱を持ってるって判っただけでも収穫だし、さ!」
舞が席を立ち上がって、夏樹の腕を軽く引っ張った。
「取り敢えずジュースでも注ぎに行こ! ほら、アタシ、ドリンクバー持ってっから夏樹ちゃんも一緒だ!」
「お、持ってたの、舞ちゃん。俺らの分は?」
「無い!」
「……行きますっ!」
スクッと夏樹は立ち上がると、店の奥の方へ舞と一緒に消えてしまった。
それをまひろは顔だけ横に向けて見送ると、改めて三人に顔を三人へと向ける。
「それはそれとして……舞の居ない間に、皆に話しておきたい事が有るんだけど」
「本条さんが……?」
訝し気に和輝が問うと、まひろは小さく頷いた。
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