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「ホントにね。何か、この部屋に住んでるのかな」

 冗談混じりに言いながら、籠飼は雑巾をゴミ箱に投げ入れる。

 まひろは真顔を隠すように携帯で口元を押さえた。

 当たらずとも遠からず。

 夏樹の存在はまだバレていない。捜査は完了した。後は、ここを出るだけ。

「幽霊でも居るんじゃなくて?」

 冗談で返してみると、再度手を洗って戻って来た籠飼は苦笑していた。

「そう言えば、神谷さん。オカルトサークル……なんだっけ?」

「うん? えぇ、そうよ」

 昨夜のやり取りの中で話した事だ。あまりこちらの事を知られたくはないが、嘘ばかり並べてもボロが出ると思い話しても良さそうな事は話している。

「実は、見せたい物が有るんだけど……」

「見せたい……物?」

 不思議そうにまひろは問う。

「うん、貰い物なんだけど……何か変わっててさ。物が物だし、神谷さん興味有るかと思ったんだけど……」

 そのまま、籠飼は机に向かって進んで行く。

 僅かに、まひろの心臓が早まった。

「……何かしら?」

「えぇとね」

 籠飼が手を伸ばした先。机の少し下に在る、鍵付きの引き出し。

「箱、なんだけど」

 早まった心臓が、大きく跳ね上がる。

 力を入れた籠飼の手に、ロックの掛かった引き出しが反発した。

「あ、鍵掛けてたんだっけ」

 掛け直して置いて良かった。

 高鳴る心臓が落ち着いたのは一瞬。頭を過ぎる、嫌な予感。

「ごめん、ちょっと待ってね。開けるから」

 籠飼がベッドに方向を変えた。

 マズイ。このタイミングで。

 今、あの下には夏樹が居る。捲り上げれば鍵と一緒に夏樹が見つかるのは必死。

 夏樹は下側に貫通する事は出来ない。

 上に飛び出して来るか。いや、それはただの自白行為だ。

(夏樹ちゃん……!)

 冷房の効いた部屋で、強張る頬に汗が伝う。

 ベッドの下では、箱と鍵を握り締めて夏樹もじっと焦っていた。

 ヤバい、上に出ても下側から出ても丸見えだ。

 夏樹のワンピースに光が当たる。籠飼が、タオルケットに手を掛けたという事。

 その光から逃れようと夏樹が奥に身を寄せた時。

 携帯が鳴った。

 緊張を崩すような、単調な着信音。

 まひろと籠飼が音に気を取られてその方を見る。

 鳴ったのは、まひろが手に持っていた携帯電話からだった。

「……電話、出るわね」

「あぁ、どうぞ」

 タオルケットを捲る動きが止まった。

 それを見て、夏樹はとある決意を下した。

 一方、まひろの携帯画面には『舞』の文字。まひろはそれを見ると、助けを求めるように即座にボタンを押した

『時間が掛かってるな。何か遭ったか?』

 電話口から聞こえて来たのは、男の声。

 電話の音声では彼の声は一段と低く聞こえて、普段のトーンのままなのが、まひろに安心感を与えた。

「……いいえ、大丈夫です」

 まひろは少し考えて、電話口の相手を籠飼に悟らせないように答える。

「今日中には届けますね、夜桐先生」

 答えたまひろとそれを見る籠飼の下で、何かが床に落ちる音が小さく鳴った。


 無機質に一定のリズムを奏でる通話終了の単音に、彼は顔を曇らせた。

「……先生?」

 机の上にスピーカー状態にして置いていた舞の携帯。

 その彼の周りに、三人の男女が顔を近付けて向こう側の音声を聞き逃すまいとしていた。

「いつから先生になったんだよ、優弥ちゃん」

「俺に訊くな」

 瞬の質問を一蹴し、優弥は携帯を持ち主の前に差し出す。

 舞が携帯を受け取って、自分のショートパンツのポケットに仕舞い込んだ。

「でも、意外と無事だったね。安心した」

「ちょっとやそっとじゃ負けないさ。見ただろ、アイツの自信満々な顔」

 どっかり自分の座席に腰を戻す和輝に、舞は驚いた顔をする。

「まひろの事?」

「違うよ、森崎だ!」

 本音を言うなら、少し心配だ。

 だが今更向かったところでどうする事も出来ない。ただ、待つ術しか持たない和輝は、その気持ちが表れたのか足に少し力が入るのを感じた。

「もう少ししたら、またひょっこり戻って来るさ……」

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