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「なっ、何だ!?」

 玄関側で盛大に何かが落ちる音に驚き、籠飼は急いでそちらへ向かった。

 きっと夏樹だ。しかも本当に派手にやってくれたらしい。

「うわ、何だこれ!?」

 慌てた様子で籠飼が戻って来た。

 そのまま開けられない筈の洋室に入ったかと思えば、中から雑巾を持ってまた洗面所へ抜けて行く。

「大丈夫? どうしたの?」

 行くつもりは無いが、形として声は掛けてみる。

 実際、何をしてくれたのか少々の興味は有った。

「何か洗剤が全部床に零れてて……うわ、水まで掛かってる!」

「手伝いましょうか?」

「いや、大丈夫! 片付けるからちょっと待ってて! ごめん!」

 籠飼がそう言ったと同時に、隣の洋室から夏樹の顔が現れた。

 やり切った顔だ。笑顔が眩しい。

 まひろは微笑しながら片手で夏樹の顔を包んで、両側の頬を頬を揉んで賛辞を示した。

「探しましょう」

 声を潜めて、まひろはベッド下に戻した小さな鍵を拾い上げた。

 時間は少ない。探す場所は絞る必要が有る。

 スチールラック。雑誌やティッシュ箱、ゲーム機。鍵穴の有る小物は無い。

 ベッド下。置かれていたのは鍵だけのようだ。もし有ったなら夏樹も見つけているだろう。

 机の上には籠飼が持って来た二人分のアイスコーヒーの入ったグラス。勿論鍵穴なんて無い。

「まひろさん」

 小声で脇腹を突かれて、まひろは夏樹へ振り向いた。

 見れば、夏樹はある一点を指差している。

 部屋の角に置かれた机。その引き出し部分の右端に、小さな丸い穴。

 まひろは一度玄関側を振り返り、籠飼がまだ戻って来そうにないのを確認してから、その穴に鍵を差し込んだ。

 入る。奥まで入る。

 もう一度玄関側を振り返る。籠飼の影が洗面所の外で電気に照らされ揺らめいている。

 まひろはなるべく音が鳴らないように、ゆっくりと鍵を回した。

 ロックの外れる音。正解だ。

 慎重に引き出しを開けてみる。軋んだ音が鳴らないようなので、まひろはそれを一気に引き出した。

(これは……)

 中に入っていたのは、数枚、いや十数枚の写真と封筒。

 この時代にアナログ的な写真とは珍しい。

 写っている写真にはどれも籠飼本人の姿が在る。

 それと、隣に女性。

 背景は体育館だろうか。似たような構図だが、ステージの幅や二階通路が有ったり無かったりと、それぞれ違う場所にも見える。

 籠飼本人がバスケットボールのユニフォームを着用している事から、何かの大会、もしくは練習試合での写真にも思う。

 大会での写真なら、全体写真を撮る機会も有るだろう。学校の様式に従ってデジタルカメラなどで写す事も有り得る……だろうか。

 気になるのは、目に見えている写真はどれも籠飼と女性が二人で収まっている事だ。

 しかも、それぞれ女性が違う。一枚一枚、別の女性が籠飼と笑顔で写っている。見た目の年齢的には同い年くらいだろう。

(舞には……見せられないわね)

 試しに、封筒の中の物も取り出してみた。

 こちらも写真だ。異なっていたのは、封筒の中身はチーム全体や顧問と思われる大人との写真であった事。

(封筒は別にして……女の子の写真を、すぐ見られるようにしている……?)

 出来るだけ情報は集めておきたい。

 写真の裏面を捲ってみると、その写真の女性と思われる名前が走り書きされていた。

 書き方がどれも同じ。書いたのは、多分籠飼だ。

 封筒から出した写真を戻したまひろは、奥から何かが転がって来たのを目にした。

(……箱!)

 実物を見たのは、まひろも初めてだったが。

 市販のサイコロよりももう少し大きくて、且つ机の引き出しに入れられるサイズの小さな木箱。

 直感で、鈴鳥が言っていた箱だと確信する。

 まひろはそれを素早く手に取ると、バッグに入れようか迷った末に夏樹に手渡した。

 何かの拍子でバッグの中を見られると危ない。取り敢えずは夏樹に持たせて隠れておいて貰おう。

「いやぁ、参ったよ」

 後ろで籠飼の声がして、まひろは急いで引き出しを閉じて鍵を掛けた。

 箱と一緒に鍵を渡された夏樹は、再びベッドの下に潜り込む。

 まひろは一つ小さく短い息を吐くと、何事も無かったように籠飼に振り返って笑った。

「……災難だったわね」

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