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ギリギリだった。丁度、部屋の真ん中に二人の足元が見える。
テーブルの上に何かが置かれた音が二回して、籠飼の声が続いた。
「いやいや! ちゃんと他の物も食べてるよ!」
細足が、もう片方の足元をクルリと半周した。
「コンビニ弁当、でしょ? たまには手料理も悪くないと思うんだけど……嫌?」
「いや! そんな事ないけど!」
籠飼の足が二、三歩後退る。まひろの足と向かい合うと、緊張した様な声が聞こえた。
「でも、そんなわざわざ……作り置きなんて」
「だって」
機会を伺う夏樹は、じーっと成り行きだけを見守った。
この部屋から動いてくれれば動き易いのだが、洋室のあの様子では隣の部屋に行く事は考え難い。
「私と貴方、講義の終わりとか違うでしょ? それに……ほら」
と言ってまひろの声が急に止んだので、夏樹は思わずタオルケットをもう数センチ上げて様子を見そうになってしまった。
「……作ってさえおいたら、後で時間を合わせ易いし。二人でゆっくり食べられそうじゃない?」
(攻めますねぇ! まひろさん!)
心の中で親指を立てる。そうだ、そのまま食材でも一緒に買いに行けば、自由に探索出来るのではなかろうか。
そう思って一旦タオルケットを下した夏樹は、自分の足に何か固い物が刺さった感触がして、また声を漏らしそうになった。
痛かった。何だろう。
薄暗くて物は見えないが、感触のした足を触った感じ血は出てないみたいだ。
手探りで物を探り当てた夏樹は、それが鍵の形をしていると理解した。
(何でこんなとこに……)
どうしようか、思案する。
取り敢えずまひろに知らせるべきか。
どうやって?
夏樹は悩んだ末に。
(まひろさん、パス!)
タオルケットを少しだけ捲って、目の前に見えたまひろの足に向かって指で弾き飛ばした。
鍵が飛び出して行ったと同時にタオルケットが閉ざされる。
「それじゃあ……」
床の上を滑った鍵が、何か言い掛けたまひろの踵に当たる。
下に目線を向ければ、踵の裏に小さな鍵。
まひろはそれを見るや否や、瞬時に顔を上げて当たった足でその鍵を踏んづけた。
「どうしたの?」
様子を不思議そうに問うた籠飼に、まひろは笑顔を崩さずに答える。
「ううん、何でも。じゃあ……預かって行くわね」
「あぁ、有り難う。楽しみだよ」
答えながら、まひろはまひろで思案する。
多分、鍵だ。ちょっとしか見えなかったけれど。
しかし、何の鍵だろう。
家の鍵、の大きさではないと思う。有り得るなら、もっと小さい物か何か。そう、例えばロッカーや自転車のような。
自転車の鍵なら、まひろのポケットにも一つ入っている。サイズ感は同じだ。
籠飼にこの鍵の事を訊いてみるべきだろうか。
いや、それでは訊いた後に回収されてしまう可能性が有る。鍵が彼の所有物なら、渡さない理由が無い。
これはきっと夏樹から送られて来た物だ。手掛かりになるかもしれない。
そこでまひろは、遠回しに訊ねてみる事にした。
「ところで籠飼君……最近、何か失くしたりしてない?」
「え? いや……」
落としたりした訳では無さそうだ。それとも隠した、のか?
言う程の物でもないという事も充分考えられるが。
隠したのなら。
まひろは、鍵が滑り込んできた直線状の先を横目で見た。
そこに置かれているシングルベッド。タオルケットが垂れて掛かっており、ベッドの下側が半分隠れている。
もし、あそこに隠すつもりで置いていたなら、その鍵穴はこの家の何処かに存在するのではないだろうか。
ロッカーや自転車、又は車であっても、隠す必要は全く無い。
気が逸っているだけかもしれない。早計だと笑われても仕方が無い。
だが、まひろの女としての勘が、籠飼の返答に動揺の色を感じ取った。
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