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慎重にトイレのドアを開ける。
リビングへの扉は閉まったままだ。それを確認して、まひろは夏樹と一緒に出ると彼女を一度洗面所の中へ避難させた。
忘れずに、自分も洗面所へ入ると軽く手を洗い流す。念の為に、ハンドソープも使用した。
ハンカチで手を拭いて、リビングへのドアをそっと開いた。籠飼は、キッチンで飲み物を選別している途中だった。
「あら、どうしたの? キッチンで、そんな難しい顔しちゃって」
「うん? いや、ハハ……何が好きかなと思ってさ」
扉越しにまひろと籠飼の声が聞こえる。
夏樹は、身体半分だけ洗面所から出して彼女らの声を聞くと、繋がる浴室へ足を進めた。
籠飼の部屋の簡単な構造はまひろから聞いた。
それぞれ壁を挟んで見て、トイレの向こうがキッチン、浴室の向こう側が洋室。1LDKだ。
最初だけは、まひろが籠飼の居場所を知らせてくれる事になっている。わざわざキッチンという場所を発言したのはその為である。
動くなら、今が好機。
夏樹はそのまま浴室へと更に進む。念の為に洗面所から浴室を見回してみたが、これといった物は見つからない。強いて言うなら、洗顔料が和輝の家で見た物と同じだったことくらいだ。
探すならまずリビング側。私物を置くならそこだろう。
夏樹は、変な物音が立たないように、慎重に浴室の壁に向かって小柄な身体を侵入させた。
視界に暗闇が広がる。
壁と壁の間を通っている時の感覚。夏樹は物体を通り抜ける際、その物体の中身は見えていない。
手の感触も、その物体の向こう側のモノのみだ。人の身体に入る時は、また話が違ってくるが。
(まひろさん……!)
故に夏樹は、壁を通り抜けた後に冷や汗を掻いてしまった。
(意外と隠れる場所、無いかも……!)
夏樹の出て来た場所は多分、洋室だ。まひろの話によれば。
しかし、見事なまでに何も無い。
いや、有るには有る。むしろ有り過ぎる。とても有るのに、何も無い。
籠飼翔は、洋室を倉庫か何かと勘違いしているのだろうか。夏樹の目の前に広がったのは、雑多に置かれた袋の束や未開梱の物置棚。そしてバッグと何も吊り下げられていない物干しハンガー。
他にも細かい物は色々有るが、要するにここは、普段頻繁に使用しない物たちの隔離部屋だ。
リビング側とは一応仕切られてはいるが、この中を探すとなれば一晩中掛けても見つかるかどうか。
(とりあえず探せそうな所から……)
夏樹は思考を切り替えて、まずリビング側に行くことにした。
仕切られたスライド式の壁をほんのちょっとだけ開けてみる。
玄関側の扉、キッチンの手前でまひろの背中を見つけて、まだ二人がそこに居るのだと予想した夏樹は、スライドさせた壁の隙間から頭を突っ込むとざっと部屋の中に首を振った。
正方形のリビング。一人暮らしにしては広いけれど、広さの割には物が無い。
ソファに物置用のスチールラック、ノートパソコンの置かれたデスクにローテーブル。テレビも有るが電源が入っていない。点いていてくれれば、音が誤魔化せそうなのに。
洋室よりは大き目の家具が在れど、身を隠せられそうな場所は……いや、有る。有った。
夏樹から反対側の壁にシングルサイズのベッド。四つ足になっていて、マット部分の下に子供の入れそうな隙間が空いている。
畳まれたタオルケットがベッドから垂れ下がっており、横から見ればベッドの半分位の隙間を隠している。
夏樹の体格なら、入り込める。
「あら、冷蔵庫の中……ほとんど何も無いわね。料理とかしないタイプ?」
まひろの声がいきなり明瞭に聞こえて、夏樹は心の臓が跳ね上がるかと思った。
「基本、冷食かな……自炊は苦手でさ、ハハ……」
籠飼の声も先程より近くなって、見ればキッチンから身体半分が見えている。他に迷っている時間は無さそうだ。
夏樹はスライドさせた壁を一度閉め切ると、体勢を低くして身体を貫通させ、白猫のようにベッドの下まで滑り込んだ。
「じゃあ、今度作り置きしてあげましょうか? 毎日冷凍食品なんて、身体に悪いわよ?」
床まで垂れ下がっているタオルケットを数センチ捲り上げて、夏樹は顔を横にすると床に密着させて部屋の中を覗き込んだ。
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