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 出ている。

 振り返って見えた籠飼越しの、その先の玄関扉。

 大きな枠の中心に、夏樹の顔だけ剥製みたいに飛び出している。

 一目見れば違和感丸出しだというのに、本人の顔は真剣そのものだ。

 それが無事なまひろを見つけた途端、輝くような笑顔に切り替わった。

 何て無邪気な子なんだろう、とまひろも目を背けなければいけない程に、不思議と和んだ笑みが出てしまう。

 とは言えど、ここで籠飼に覗かれでもしたら一発でアウトだ。

 まひろは反転して玄関と逆側を向くと、何か気を引ける物はないかと思考を回転させた。

「あのね、籠飼君。ちょっとこれ見て……」

 咄嗟に出したのは自分の携帯電話。

 何も見つからない彼の部屋より、自分の手持ちの方が余程話題を提供できる。

「アナタと会う為に初めてアカウント作ったの。でね、昨日弄ってたら偶然流れて来たんだけど……」

 籠飼に見せたのは、何の変哲も無い動物の短い動画。

 ポメラニアンなどの小動物が画面一杯に小さな身体で動き回っている様や、室内犬が飼い主の動きに合わせてポーズを取っている、有り触れていると言えば有り触れている動画だ。

 まひろはSNSというのは使用した事がほとんど無い。別に、今まで使う必要性を感じなかったと言えばそれまでだ。

 籠飼と会う為なのも偶然見つけたのも本当だったが、こういう時に役立つのであれば有用な手札だ。考えを改めておこう。

 籠飼の顔がまひろの携帯に近付く。

「お、可愛いね」

 口元は笑っているが、目が動いていない。興味は無いが話は合わせようとしているのが目に見えている。

 まひろはフリーにしている後ろ手で、玄関に向かって手招いた。

(今の内ってことですね!)

 まひろの合図を見て夏樹はスルリと扉を抜ける。

 何処に居ようか。見つかるとマズイのは解るけれど、いざ隠れるとなるとマンションの一室では意外と場所が少ない。

 ううむ、と悩んだ挙句、夏樹は玄関横に設置された扉を見つけて静かにそこへ侵入した。

 約一分の動画を終えたまひろは、そろそろかともう一度玄関を振り返る。

 夏樹の姿は無い。

 代わりに、玄関先にある物が置かれている事に気付き、まひろはバッグを持ってそちらへ赴く事にした。

「お手洗い、借りても良いかしら?」

「あぁ、どうぞ。玄関の隣だよ」

 まひろは軽く笑って返すと、リビングを出て玄関へ向かう。

 一応、リビングと玄関を隔てる扉をしっかりと閉め、彼女は玄関に置かれていた物を拾い上げた。

 辺りを見回してみる。

 右手側にトイレ。反対側に洗面所。

 洗面所側から夏樹の姿が出て来ないのを見て、まひろはトイレのドアノブを下に倒した。

「まひろさ……!」

「しーっ」

 まひろは口の前で右手の人差し指を立てて、手早くドアを閉める。

 便座の上でちょこんと座っていた彼女を見つけると、声を潜めて彼女に真っ直ぐ視線を向けた。

「壁、薄いと聞こえちゃうかもしれないからね。あと……」

 左手に持った物を掲げて、まひろは優しく口角を上げる。

「靴は履いたままで大丈夫よ。フフ……律儀なのね、あなた」

 まひろは、そのまま靴の内側を合わせてバッグの中へと仕舞い込む。

 多少の泥が気になるが、家の床に残すよりはマシだ。

「どうやって探します?」

 夏樹も立ち上がってまひろへと問うた。

 マンションのトイレに人二人。少し窮屈には感じる。

「そうなのよね……気を引きながら物色するのは難しそうだし……私から箱の事を訊くのも、何か変よね」

 トイレの中から籠飼の居るであろう方角を見ながら、まひろは親指を自分の口元に押し当てた。

 手が全く無い訳ではない。要は、役割を分担すれば良いのだ。その為の二人体制でもある。

「……夏樹ちゃん」

 思い当たる策を脳内で纏め、まひろは夏樹へ呼び掛けた。

「隠れんぼ、得意?」

 夏樹は、笑顔で大きく頷いた。

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