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 快晴。炎天。

 依瑠維えるい市の気温は六人が話し合いを終えた昨夜から一日経っても、一向に変わる気配を見せない。

 しつこい暑さにうんざりする一方で、まだまだ夏の開放感を味わえる期待も高まるような、そんな昼下がり。

「もしかして……神谷さん?」

 依瑠維えるい駅前で背後から声を掛けられ、まひろはその方向に振り返った。

「えぇ……初めまして、よね?」

 まひろは声を掛けて来た人物に暑さを感じさせない笑みを見せると、続けて彼に確認の問いをする。

「……籠飼翔君?」

 名前を呼ばれた青年は、笑顔を見せながら軽く頷く。

 少し茶色に染まったミドルヘア。くすんだ青色のジーンズの上には白いインナーを着用しており、インナーの上には薄手の灰色ジャケットを羽織っている。

 身長は百五十の後半程有るまひろより少し高いくらいで、彼が履いている薄茶色の靴を脱いだら今のまひろとそう変わらない気がした。

「じゃあ、早速行く? あ、お腹空いてたらどっか寄ろうか?」

「ううん。大丈夫よ、有り難う」

 歩き出した籠飼の全体の輪郭を目で辿りながら、まひろは答える。

 第一印象は、軟派そうな男、だ。

 写真と舞の情報では運動部に所属しているのは存じていたが、身体の線は細い方に見える。それに頭髪の色も相まって、軟弱な風に感じた。

 ただ、顔立ちは整っている。ミッター内で色んな女性と繋がっているようだったが、外見だけで判断出来るならとても良い材質を持っていると思う。

 昨夜は舞が居るので言えなかったが、ハッキリ言ってしまうと女性関係にルーズそうだ。

 それを予測して、今日の待ち合わせに着て行く服装も伝えてみた。身体のラインが出る服。まひろ自身は気にした事が無かったが、スタイルが良いと他人によく言われるので、こういう時に利用しない手は無いと考えた。

 タイトなジーンズにノースリーブの黒シャツ。まぁ、いつもの服装と言われればその通りだ。

 それを舞宜しく顔だけ隠して自撮りし、彼の個人宛てメッセージに送っておいた。反応からするに、悪くは無かった様子だ。

「……来た、籠飼君! 間違い無いよ!」

 二人から遠く離れた地点で、舞は声を潜めながらも皆に聞こえる大きさで通達した。

「……動いたな」

 様子を見ていた優弥が唸る。

 場所は駅前のカフェ、駅構内がよく見える窓際の席だ。同じカフェでもカミーラ程の広さは無いが、五人が一緒に座れる席を確保出来たのは幸いだった。

「俺達も行こう!」

 和輝がそれに反応して、皆に号令を掛ける。

「まぁ焦るな、和輝。流石に五人で固まって動いてたら目立つからな。慎重に行くぞ……差し当たって、もう一度確認だ」

 優弥はそう言うと、和輝の隣に座る夏樹に顔を向けた。

「夏樹ちゃんは和輝の中に入ってから、何故か和輝からあまり離れられないが……ある程度は離れて行動は出来る。ここまでは良いな?」

 和輝と夏樹は二人同時に頷いた。

 本当は正確では無い。夏樹からその証言を得られた事は無いし、憑りつかれてそうなったのなら恐らく、あの時よりずっと前の話だ。

 それでも、まひろが気になる和輝は取り敢えず話を進める為に頷いて、昨夜質問した事を再度夏樹へ訊ねた。

「俺から離れて今の神谷さんの所……行けそうか?」

 夏樹は彼へ頷き返すと、こちらも昨夜の返答をそのまま繰り返す。

「はい! カミーラから依瑠維駅までなら行けそうです!」

「距離にすると……」

 和輝が携帯に手を伸ばすよりも先に、瞬が自分の携帯画面を和輝に向ける。

「大体、五百メートルだってよ」

「人通りも多い。夏樹ちゃん一人なら、上手く隠れて行けそうだ」

「じゃ、行ってきますね!」

 意気揚々と夏樹が壁に向かって突っ込んで行ったので、和輝は慌てて彼女の腕を掴んだ。

「待て待て待て! 目立つなって言ったろ!」

 昨夜、和輝が夏樹を見ながら思いついた事。

 それは、和輝も経験した夏樹の特徴。

 即ち『物質を貫通する体質』であった。

 和輝の自宅、身体、そして閉め切っていた筈のサークルの部屋に至るまで、夏樹はそれがどうしたと言わんばかりに現れる。

 幽霊である夏樹の事を体質と表現すべきかは定かでは無いが、兎に角、彼女の身体は他の人間や物体をすり抜ける事が出来る。和輝はそこに目を付けた。

 大雑把な制約として、上の天井や横の壁は貫通できるが、下には潜れない。

 地面に潜りたい機会などそうそう無いだろうが、唯一気を付けるのはその点だ。

 これを利用して、籠飼とまひろの中にこっそり第三者を紛れ込ませる。それが今回の作戦であった。

「これ以上は見失うな……追い掛けるか」

 優弥が最初に立ち上がり、五人分の会計を済ませているのを見て、和輝も残った飲み物を一気に喉に流し込んだ。

 二人の背中を追う為に。

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