P.111
昨日は目まぐるしい一日だった。
それでも一夜明ければそれなりに気持ちも落ち着いた。大学の講義だって欠かさず出席している。
心配だったのは、和輝と夏樹の二人。
カフェ『カミーラ』を出たのは夜の九時を回っていたし、夏樹は寝ぼけ眼で和輝の服を摘まんだまま二人で夜の闇に溶けてしまった。
あの子は何処で一晩過ごすのだろうか、という懸念と、あのまま和輝が補導されていやしないだろうか、という懸念。
夏樹は和輝から一定の距離しか離れられないようだから、もしかしたら彼の家に居たのかもしれない。
大学での講義中は、オカルト研究会のサークル部屋にずっと居るそうだ。
講義終わりに彼女と会った時に膨れっ面だったのはそのせいなのだろう。あの部屋で彼女が暇を潰せる物なんて数える程も無い。
今度、ゲームでも買って置いていても良いかもしれない。
そんな事ばかりずっと考えながら、まひろは男の背中について行く。
エレベーターは点検中の貼り紙がされていたので、止む無く階段で四回目の踊り場を通って通路に出た。
全く、足を酷使し過ぎだと彼女は彼女で心の内で嘆く。
階段側から数えて二つ扉を通り過ぎた所で、目の前の男、籠飼は身体の向きを変えて立ち止まった。
「いやぁ、暑い中大変だったでしょ? 中に入ったらすぐエアコンつけるから」
鍵を回す音に気を取られたが、まひろはすぐに笑顔を繕う。
「助かるわ。ホント、折角の化粧が台無し……」
(ここが……籠飼君の)
扉が開かれる。同時に、籠飼は照れたように笑いながらまひろに振り返った。
「あんまりジロジロ見ないでくれよ? 女の子を入れた事なんて無いんだから」
「そう? 勿体無いわね」
余裕を見せて、まひろは彼に続く。
気負けしてはならない。探り出すなら、まだ積極的に行くべきだ。
「……素敵な家なのに」
まひろは、躊躇無く中に足を踏み入れた。
『家に直接行くぅ!?』
昨夜、粗方の作戦が決まった後の事だった。
まひろには考えが有っての発言だったのだが、予想以上に皆には驚かれてしまった。
「えぇ、箱を探しに行くんでしょう? 相手が貰った鈴鳥さんなら兎も角……幾ら小さいサイズだからって、初対面の私に会うのに持って来る可能性は低いと思わない? それに、彼が所有しているなら家に行けばより確実にそこに在るわ。彼が身に付けていたとしても、家に置いていたとしても」
「それはそうですけど……」
和輝から反論が飛んで来た。
「でも、それって確実に個室に二人っきりですよ! 何か遭ったら……」
「あら」
まひろは、平然といつもの笑みで和輝の言葉を遮った。
「三人、よ? ね、夏樹ちゃん」
夏樹が両手の拳を握り締めているのが見えて、まひろは安心したように口角をもう少しだけ上げた。
彼女は何時でもやる気に満ちている。それがまひろにとって、とても頼もしく感じた。
残念ながら、自分には夏樹の気配などは判らない。
しかし、だからこそ良い。気付かない分には自然に振る舞える。
故にまひろは、この作戦に比較的冷静に望む事が出来たのだ。
昨夜のやり取りを思い返し、まひろは後ろを振り返る。
まだ少女の姿は見えない。いや、それで良い。狭いマンションの通路では見つかる危険が有る。
その場で見つかるだけなら何とでも誤魔化せるが、それが部屋の中で再度見つかればもう言い逃れも何も無い。
(この部屋の番号……)
携帯の音は切っているが、なるべく不審な動きにはしたくない。まひろは携帯を扱う姿は堂々と見せ、籠飼から見えないようにそっと舞の連絡先に指を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます