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「ねぇ、これ終わったら消すからね!」

 と不満気にこちらへ歩いて来る舞の手には、用件を済ませたであろう携帯が握られている。

「早かったね、舞ちゃん。どうだった?」

 舞は座席に着席するなり、テーブルに携帯を投げ出して答えた。

「……ホントに綺麗だった」

「トイレの感想じゃねぇよ。写真だ、写真」

「あぁ……ほら、ハイ。ちゃんと撮ったよ」

 舞が携帯の画面を開くと、先程のページが表示される。彼女のミッターのアカウントだ。

 全体に向けて投稿出来る部分に、鏡写しに撮った彼女の自画像が『今日も暑いねぇ!』という文章と共に投稿されていた。

 顔の前に掲げられた携帯で、肌色が多く露出した服装に加えて絶妙に顔の部分だけ隠れている。これはこれで雰囲気が怪しいが、自画像付きの投稿文には早速幾つかの反応を示す数字が増え続けているので異性への効果は有ったようだ。

「籠飼君にも文章だけ送ったよ。でもこれでホントに……」

 舞が疑いの言葉を言い掛けた時、彼女の携帯画面にポップな単音が鳴った。

「マジか、早いな」

「籠飼君から?」

 優弥は驚いて目を少し開き、まひろが舞に詰め寄る。

 和輝の角度から誰から何が送られて来たか見えなかったが、舞が頷いていた事からまず間違い無いだろう。

「これで釣られるってことは……」

 優弥は舞の携帯画面から、隣の女性に目を向けた。

「ここから神谷にパスしたいな。頼めるか?」

「私? それは良いけど……私、ミッターのアカウントなんて持ってないわよ」

「作れば良いさ。数分で出来る」

「まひろさん! そんな軽く引き受けちゃって大丈夫ッスか!? 男と一対一になるんスよ!」

 瞬はスケッチブックの上に身を乗り出して、アカウントの作成を始めたまひろへとテーブル越しに不安そうな眼差しを向ける。

 対してまひろは、それにも動じずに応えて見せた。

「元はと言えば、私が引き受けたのが原因だしね。舞もやってくれたし、ここはサークルの代表としてやってみせるわ」

 それでも心配そうな目線が消えないのを感じて、慌てた様子でまひろは付け足す。

「本当に大丈夫よ! 危ない時は逃げちゃうから!」

「でも……」

 何が起こるか判らないんですよ、と言い掛けた和輝は、目の前でうつらうつらとしている夏樹が目に入った。

 コイツ、さっきから少し静かだと思ってたら寝掛けてるのか。

「出来たわ」

「じゃあ、まひろのアカに申請送るね。籠飼君には、えーと……『実は、籠飼君と話したい女の子の友達がいるから紹介しても良いですか?』……こんなんで良いかなぁ」

 ミッター上でのやり取りが続き、まひろは舞と話し合いながら自分のアカウントを調整していく。

 自己紹介文は書いといた方が良いだとか、ヘッダー画像はシンプルかいっそ無い方がまひろらしくて良いだとか、一つくらい投稿した方が怪しくないだとかいう議論で和輝と瞬、あと船を漕いでいる夏樹の入る余地も無くあっという間にまひろのアカウントが暫定的に完成した。

 和輝はその間に夏樹を起こそうとテーブルに身を乗り出す。見ていると、和輝の身体に入って来た時みたいに何だかそのままテーブルにめり込んでいきそうで少し怖かった。

「オッケー。籠飼君からもメッセージ来たわ……会うの、いつが良いかしら?」

「早い方が良いな」

「じゃ、近いうちに……と」

 複雑そうに舞は携帯を弄り続けている。

 これも依頼の為だと自分を抑えているようで少し心苦しかったが、舞にはその後で目一杯弾けて貰いたい。

「……明日は、って来たけど」

 まひろは自分の携帯画面を見ながら訊ねるように呟いた。

「明日か……出来れば皆が動ける時が良いが……」

「ウッス、問題無いッス」

「アタシも良いよー。でも、皆で動いても行くのはまひろ一人なんだよね? やっぱりちょっと……」

「……心配?」

 優しくまひろが訊ねると、舞は複雑そうに唸った。

 過去の事とは言っていたが、舞は籠飼に対して好意を抱いている。それが、自分の友人と一対一で彼の家。その心境は異性の和輝にもモヤモヤとした気持ちを推し量る事が出来そうだった。

 和輝は、夏樹が沈んで行かないように肩を支えて座席に押し戻しながら、夏樹を見てフと何かを思いついた。

「あのさ……二人で行けないかな」

 急な提案に、皆は和輝に視線を集中させる。瞬が意外そうな表情で和輝に問うた。

「舞ちゃん以外で、だろ? 誰が行くんだよ、和輝か?」

「いや……」

 和輝は、呆けた様子で目を半開きにさせた目の前の少女に視線を向けている。

「俺じゃなくてさ」

 少女は虚ろに顔を上げると、和輝がじっとこちらを見ているのに気付いて会釈をするように頭を縦に落とした。

「あ、おあよーござます……」

 起きたての挨拶も程々に、夏樹は再度顔を上げる。

「……んん?」

 和輝だけでは無かった。

「……んんん?」

 皆の視線が、何故だか夏樹に向かって注がれていた。

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