P.108

「送った?」

「送ってない!」

「送れる?」

「送れるってば!」

 かれこれ十分はこの状況が続いている。

 動かしている指は籠飼翔のアカウントページに辿り着いてはいるが、彼が過去に投稿した文章を行ったり来たりで進展する様子がまるで無い。

 投稿した文には画像も添付できる。籠飼も利用しているそれには、所謂『リア充』と呼べるような友人たちと彼の映った画像が幾つも投稿されており、舞の携帯を覗き見ていた和輝は嫌と言うほど彼の顔が焼き付きそうだった。

 送る送らないの問答が一人一回、それが全員一周したところで、いよいよ痺れを切らした瞬が舞の携帯に手を伸ばした。

「舞ちゃん、ちょっと貸してみ? 俺がナイスなヤツ考えてやんよ」

「えぇ……?」

 悩ましい顔をしつつも、携帯を持った手の力は緩んでそのまま瞬が舞の両手から抜き出した。

 瞬の手に渡るや否や、携帯画面を凄まじい速度でタップしている。タップ音は出ない設定だと思われるのに、指で押した音が何処をどう操作しているのか、ものの数秒で判らなくなってしまった。

「げ……コイツ、フォローとフォロワーほとんど女の子じゃん……」

「お前の連絡先だって似たようなもんだろ……」

「ちょっと、変なとこ見ないでよ!」

 和輝と舞がほぼ同時に物申すと、瞬は何とも言えない気まずい表情を浮かべて操作を続行した。

「ほら、こんなもんでどうよ?」

 差し出された自分の携帯を舞が奪い取る。

 その目が据わっていくのに、そう時間は掛からなかった。

「『おっつー籠っち! 久しぶりに見たけど相変わらず顔面フェスティバルだね! 高校の時一緒だった本条だけど覚えてる!? あ、フェスティバルって言えば今度ウチの地元で夏祭りやるんだけど良かったら一緒に夏の思い出作りに行かない?』……こんなん送れるかバカタレェ!!」

 抑揚の無い声で全文を読み上げた舞は、最後に携帯を叩きつけんばかりの勢いで声を荒げた。

 いきなりこんなメッセージが送られて来たら何かの業者と間違われそうだ。

 店内の派閥は「もうちょっと考えてあげましょうよ」派のまひろと「もうそれで良いから送れ」派の優弥に別れている。

 舞の今後を考えればまひろの派閥に付くべきだ。この文章で送ってみたい気持ちも有るには有るが、それで無視でもされようものなら本末転倒である。

 一瞬でも迷ってしまった己を恥じて、和輝は間に入ることにした。

「……久々に声掛けるんだったら、ちょっとよそよそしくても大丈夫だろ。それ、少し変えたらイケるんじゃない?」

「変えるって、どうすんだ? 和輝、ちょっとやってみろよ」

 ごく自然な手付きで舞の手元から携帯を抜き取った瞬が、そのまま和輝に渡して来た。

 あまりに淀みない動作だったからか、舞も抜き取られる手に力を入れることを忘れている。きっとスリの才能とか有るぞ、と友人を冷ややかな目で見た和輝は、持たされた携帯で以下の文章を打った。

『お久しぶりです! 高校の後輩だった本条ですけど、わかりますかぁ? 籠飼君、高校から全然変わってないから一発でわかっちゃいました! ちょっとお話したいこともあるし、良かったらフォローしても良いですか!?』

 読み終えた一同が沈黙し、最初に感想を述べたのは優弥。

「……ザ・無難、だな」

「……悪かったな、普通で」

「だが、ちょっと弱い。喰いつかせるなら写真か何か欲しいな」

 そう言うと、優弥は暫し思案してから舞に向かって呟いた。

「……脱ぐか」

「脱ぎませんけど!?」

「まぁ、舞の格好だったら……」

 困り果てている舞を助太刀するように、まひろが発言する。

「そのままでも良いんじゃない?」

 言われてみて、改めて舞の服装を見てみる。

 上は生地が薄くて肩の先までしか袖のない縞模様のシャツに、下も太ももから先が隠れていないショートデニム。

 健康的な肌が露出し過ぎていて、じっくり確認しようにも目のやり場に困ってしまう。

「確かに……か」

 優弥はチラリと舞を見ると、すぐに正面に視線を移動させて納得する。

「よし、それでちょっと写メ投稿してみてくれ。店の便所使うと良い、綺麗だぞ」

「せめてお手洗いって言ってよ……何か行く気失せるわ」

 言いながら、舞が席を立ち上がった。

 五人には見えない位置で扉が開き、座席は舞の居ない分の静寂が訪れている。

 それから五分と掛からなかっただろうか。ここまでの情報を見返そうと瞬がスケッチブックを捲りながら唸っていると、店の奥で再び扉が開かれる音がした。

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