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そして話はあの悪夢に続く。
大学に行かなくなったというのに、未だに彼女を見続ける自分。
毎日そこで見ていた光景は自分で見間違う筈も無く、小鳥遊はストーカーと言われても仕方無い行為をしてしまったと、負い目に囚われている自覚を持っていた。
悪夢の中での彼の行動を第三者の視点で見るならば、和輝達が校庭で彼を視た時の状況と酷似している。
何もして来なかったのは、小鳥遊自身が見ている以上の行動を起こそうと思っていなかったからだ。
「じゃあ、校庭に出た小鳥遊の霊は結局何だったんだ? 小鳥遊の夢と俺達の世界が繋がってんのか?」
難しい顔をした瞬から、新たに疑問が投げ出された。
優弥は答えに辿り着いているらしく、瞬にいつもの無表情顔を向ける。
「それは、多分……」
「生霊、でしょ!」
言おうとした言葉を奪われ呆気に取られる優弥に、舞は得意気に鼻を鳴らして彼の顔を見上げた。
舞は、小鳥遊の家の帰りに既に気付きかけていたのだろう。和輝は小鳥遊の様子を思い出して、舞の言葉を反復した。
「生霊、か……」
「そ! つまり、生きてるけど魂だけ抜けて動いてるって事ね」
「原因を考えるなら……恐らく、彼の性格ね」
「私、籠飼君のメールが後押ししちゃったんだと思います!」
まひろの言う原因とは、小鳥遊が生霊となっている事だけでは無さそうだ。
彼がそうなってしまったのは、元を辿れば体調不良で休んでいる事に繋がる。
まひろは、体調不良そのものから、小鳥遊の何でも請け負いがちな性格が関係しているのだろうと推測した。
相談を皆にされていただけ。たったそれだけで、と思う人も居るかもしれない。
だが、和輝は小鳥遊の事を考えると、どうしても陰鬱な面持ちになってしまう。
「……少し解る気がするな、俺」
元来の性格とするならば、彼が他人から頼み事をされるのはきっと高校より以前からあった事かもしれない。
すぐに解決出来た問題。出来ずにどうしようも無かった問題。
小鳥遊はその度に抱え込んでいたのだ。心の負債という、清算が追いつかない自分への問題を。
断れば良い、なんていうのは所詮、第三者からの言い分に過ぎない。
『僕、そういう事でしか人の役に立てないからさ……』
そう言っていた小鳥遊を、和輝は何も慰めてあげる事は出来なかった。
自己肯定感の低さ。それが和輝にも共感出来る事であって、自分にも解決出来ていない課題をどうして無暗に「そんな事は無い」なんて言えようか。
そうして溜まりに溜まった彼の負債は、心の中で淀みとなって蓄積されていった。
そして、心というダムでギリギリ塞き止められていたものは、ある日突然、本人も知らずの内に決壊してしまう。
積み重なっていたモノは、その時々で見れば些細な切っ掛けでも容易く崩壊へ導いてしまう。
今回はそれが夏樹の言う『籠飼翔からの度重なる連絡』であった。
しかも決壊してからも小鳥遊は悪夢の中に囚われ続けている。悪循環だ。
「鈴鳥さんの霊が小鳥遊君に一番反応してたのは……」
まひろは、口元に手を当てて自分の考えを示した。
「幽霊同士で共鳴してるとかじゃ無いわね。多分、私達よりもずっと前……彼が大学に来ていた頃から、彼が毎日鈴鳥さんを見ているのに気付いていたんじゃないかしら」
「あぁ、まぁ、霊側から見りゃしつこい不審者だもんな」
瞬は、スケッチブックの端っこに小鳥遊の似顔絵を描きながらそう言った。
ほぼほぼ大人しく聞いていた夏樹がそれに興味を示している。
「小鳥遊の話を聞くに、生霊っていうより幽体が離脱してるっつった方が良いかもな」
優弥の言葉に和輝は自分で言った事を思い出す。
「……寝てる間だけ、生霊として出てるって事か」
「そうだ。そんで、毎日鈴鳥さんの霊にキレられて起こされる。彼女の霊は男が対象だが、今回に限れば相手はほぼ小鳥遊一人だろうな」
小鳥遊は、恐らく彼女の霊には気付いていない。
話を聞く限り、彼は無意識にやっている。その無意識さが、今後どのような影響を及ぼすかは判らない。
「……あれ、ちょっと待って。じゃあこれって……」
静寂に包まれた店内が、舞の声で空気を震わせた。
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