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「……生きてたよ」
最初に、和輝はそれだけ呟いた。
何処から話すべきだとか、それは一旦差し置くとしてその事実だけは伝えておかなければならない。
「……元気は、無さそうだったけどな」
「じゃあ、体調不良っていうのはガチだったんだな」
和輝は頷くと、彼のマンションに着いてからの事をポツリポツリと、拾い上げるように話し始めた。
対面した彼は紛れもなく生きていた事。
生活は出来ている様子だったが、多数の薬が処方されていた事。
ずっと大学には足を運んですらいなかった事。
そして。
「小鳥遊君、籠飼翔から相談を受けてたらしい」
「……籠飼だって?」
矢張り彼の名前が出て来るのは意外だったようで、瞬は和輝達と同様に目を丸め、優弥とまひろは名前を出した途端に眉を寄せた。
優弥に頷いて、和輝は続ける。
小鳥遊と籠飼は、高校生の頃からの知り合いだったそうだ。
仲は可も無く不可も無く。
一緒に遊ぶ仲でも無いが、学校で会えば籠飼の方から声は掛けられる。知り合い、顔見知り、そんな関係が合っているだろう。
小鳥遊はその温和な人柄もあってか、高校の頃からよく人に相談されるタイプだった。
「それも、男女問わずだったってさ。俺は小鳥遊君の高校の頃なんて知らないけど……」
ただ、相談と言えば聞こえは良いが実際のところは頼み事、押しつけだ。和輝はそう感じていた。
それが主観的になっている事に気付いた和輝は、口に出す前に情報を出し切る事に専念した。
「大学に居た頃も、小鳥遊君……結構相談とかされてたな。籠飼翔とは別々の大学に行ったから滅多に連絡しなくなったんだけど……それがある日、突然彼からの通知が届いたんだって」
それも勿論『相談』である。
元々そんなに交流のあった間柄では無い。人によっては怪しんで返事を返さないどころか見もしないだろう。
しかし、小鳥遊はそうしなかった。籠飼からの文面に目を通してしまった。
「『そっちの学校に鈴鳥紗枝って子がいるから、その子の事を教えてくれ』……そんな感じの連絡が来たって」
本来の文面とは違うのだろうが、小鳥遊はそう教えてくれた。
小鳥遊は、鈴鳥の事を知らないながらにそれを了承したと言う。
頼まれたら断り切れない性格、なのだろう。
とはいえ、知りたい相手は話した事も顔を合わせた事すらない人間だ。
顔は籠飼から送られて来た写真で判別出来たが、実際に話し掛けられるかは別の問題。
籠飼に教える手前、話してみない事には彼女の事が解らないのも事実。
そもそも、普段は大学内の何処に居るのかさえ判らない。
どうしたものかと悩んでいた時に、校門を通る彼女の姿が見えた。
鈴鳥紗枝が唯一、必ず通る校門前の道。小鳥遊は、まずそこで彼女の動向を探る事にしたのだ。
あまりピッタリと後ろから見ていてはいずれ気付かれそうだと思った小鳥遊は、陰から彼女の事をこっそり見続ける事にした。
そう、その見ていた場所こそが、和輝達が校庭で小鳥遊の霊を視た場所であった。
「でも、見てただけなの? 特に籠飼君に送るような情報、無いと思うけど」
まひろが疑問を口に出す。隣で、舞は黙って和輝の話を聞いていた。
「返事自体は適当だったっぽいけど……」
彼氏がいる気配は無い、だとか、大学が終わった後は何処かに寄って行く様子も無い、だとか。小鳥遊は取り敢えず、差し障りの無い返答を続けていた。
だが、それでも籠飼からの連絡は連日絶える事が無かった。
次は『いつもどのくらいの時間に大学出てる?』。その次は『彼女、大学出たらどっちの方に歩いてる?』。
後者に関しては、遠回しに『家は何処?』と訊かれているようなものだ。
途絶える事の無い連絡に、次第に小鳥遊も精神的な負担を感じてしまった。それは、身体への不調という形で現れてしまう。
それが、五月の終わりの事だった。
『……実は、まだ来てるんだけどね』
と、小鳥遊が自分の携帯を和輝達に見せた時、未読の印が付けられた籠飼の連絡先が画面に表示されていた。
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