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「鈴鳥さん、お父さんは写真でも見た事が無いんですって。昔から母子家庭だったそうよ」
「……だった?」
言い方に引っ掛かりを感じた和輝が訊くと、まひろは一度頷いて皆の顔を見渡した。
「彼女が高校生の頃に、お母さんが亡くなってるわ。今は実家で母方のお婆さんと二人暮らし。親戚も居ない一人っ子よ」
お母さんの死因については訊かないでね、とまひろは付け足した。
言いたくない、訊かれたくないというより、そこまでズカズカと訊ける事は出来なかったのだと思う。
「彼女の母親、異性の交際に厳しかったなんて言ってなかったか?」
「言ってたわ。おかげで、この歳になっても彼氏どころか男性の友人も居ないんですって」
「大事にはされて来た、って事ッスね」
「母子家庭の一人っ子だから、母親にとっても守る気持ちが強かったのかもしれないわね」
これは、リーチが掛かったかもしれない。
確証は得られていないが、不確かな穴の中にスッポリと何かが嵌め込まれていく感触が有る。
「……それだな。憑りつかれた切っ掛けが母親が死んだ直後に有るのか、籠飼の件からなのかは判らんが……」
優弥は腕を組むと、話が一区切りしたといった様子で座席にずっしりもたれかかった。
「まず、間違い無さそうだ」
「悪い虫……っていうか、虫を寄せ付けない母親の霊か……」
そしてそれが本当だとするなら、本来の鈴鳥紗枝と籠飼翔を引き合わせるという目的は前途多難なようにも思える。
「しっかし、また何でそんな……」
瞬は自分の頭を掻きながら、手に持っていた鉛筆を転がした。
見れば、彼のスケッチブックは四枚目が開かれている。文字と今回の主要な言葉への丸い囲みで、既にびっしりとページが埋まっていた。
「男だけそんな嫌われてんのかねぇ。女の子同士だって有るだろうにさぁ」
「理由ならある程度は思いつくぞ」
優弥は腕を組んだまま、天井を仰いで応える。
「あんな悪霊みたいな見た目で憑りつく程だ。男に相当酷い事でもされたんだろうな」
「……例えば、どんなです?」
無邪気に訊いて来る夏樹に対しても、天井から視線を外さずに優弥は流れるように言った。
「思い付いただけで言うと、男に暴力を振るわれ続けただとか、酷い借金を背負わされたとかな……浅い考えだが」
「深いところは?」
夏樹が更に質問する。
「それは、まぁ……」
天井から視線を下げた優弥は、無垢な顔で見つめてくる夏樹を見て戸惑った口をつぐんだ。
「言わない方が良いし、聞かない方が良い……だな」
優弥が言わなかった先は、夏樹には刺激が強すぎると判断したのだろう。
先の優弥の言い分を拡大するならば、殺されかけただとか、子供を押し付けられて逃げられたなど考えられる。
あまりその上に思考を伸ばしたくはないが、無理矢理子供を孕まされた、など生々しい話も有り得た。
訝し気に首を傾げる夏樹に、和輝はそう連想させないように話を終わらせようと口を開く。
「まぁ、推測で他人の家庭事情なんか判るわけないさ。言わない方が良いのはその通りだ。鈴鳥さんに聞ける事でも無いしな」
「でもよぉ」
瞬は頬杖を突いて、引き続き絵の幽霊を見ながら唸った。
「それで俺なんかスッゲェ威嚇されてるなんて言うんだぜ。なーんか納得いかねぇよなぁ」
「一番デカイ反応したのは小鳥遊の霊だけどな」
それは初めて聞く情報だ、と和輝と瞬は一緒に優弥の顔を見る。
確か、優弥は小鳥遊の霊を通り過ぎる際に、鈴鳥の霊が『膨れ上がった』と言っていた。
「アタシ、その時見てなかったんだけどさぁ」
舞が信じ切っていない目線を優弥に投げつけた。
霊感組は何でも通じていると思っていたが、自分の目で確かめていない事まで信じる事は無いようだ。
「そんなにヤバかったの? 小鳥遊君の霊を視た時って」
「敵意が膨れ上がってた。今考えるなら、生前の母親と知り合いだったのかってくらいだな。そういうお前こそ、小鳥遊の家に行ったんだろ。どうだったんだ、そいつは」
そこで和輝は、彼の家で起きた一部始終を話す為に一度頭の中で出来事を整理した。
三人はまだ知らない、彼が話した出来事を。
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