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「守るって……」
誰を、と言い掛けた和輝の口は、紙の上に描かれた一人の人物を見た瞳で閉ざされた。
「……何で、そう言えるんだ?」
優弥は直接答えようとはせず、人型に描かれた瞬の鈴鳥を見ながら確かめるようにゆっくり口を開く。
「昼間、初めて彼女が研究会の部屋に来た時の事……覚えてるか?」
あの時、まひろと一緒に研究会へ来た鈴鳥。
彼女に対して反応を示したのは優弥と舞。特に優弥は、鈴鳥の横を通る為だけに彼女に許可を求める程、彼女の霊に対してある種の恐れを抱いている様子だった。
「最初は、俺に対してだと思ったんだ」
絵の中に視線を落として、誰にともなく優弥はそう語り始めた。
彼の言葉が鈴鳥に対してなのか、それとも彼女の霊に対してなのか分別が付かず、和輝は続きを促す。
「……何か遭ったのか?」
初対面の優弥がつい、鈴鳥に不安感を感じさせる事を口走ってしまった何か。
霊が視える、なんて自分からは言わないような男が、それでも声を掛けなければいけなかった何か。
「威嚇されたんだ。この霊に」
「……霊に? 何かしたの? 優弥」
怪訝そうに眉を寄せた瞬に、優弥は顎を上げて冷ややかに彼を見下ろす。
「ンな訳無いだろ、初対面だぞ。俺はてっきり、この霊が俺に視られている事に不満を持って威嚇されてるんだと思ってたんだが」
「そうじゃないの? 誰だってジロジロ見られたら嫌なモンでしょ」
舞がグラスに半分残ったオレンジジュースを揺らして意見する。
「いや、違うな」
優弥は、舞に真っ向から反論した。
「鈴鳥さんの横を通った後に気付いたんだが、威嚇されたのは俺だけじゃない」
「誰だよ、そんな事されるの」
言いながら、瞬は自分のジュースを口に含んで訊ねた。
「お前だよ」
その答えが間を置かずに自分に返って来て、危うく含んだ分の水量を吹き出しそうになる。
慌てて全部飲み込んで、瞬は腕で口元を拭った。
「おっ、オレぇ!?」
「正確には、お前達、だ。瞬、和輝」
「……俺も!?」
全然、気付かなかった。
視えていないのだから気付かないのは当然なのだが、和輝だって何かをした覚えは無い。
会話らしい会話さえしていなかった筈だ。精々自分の名前を言ったくらいだし、彼女に特別注目された訳でも無い。瞬にしてもそうだ。
「俺があの子の横を通った後、お前らも通っただろ? その時に漏れなく二人共、凄い目つきで睨まれてたぞ」
「でも、変ねぇ」
言葉が出て来ない和輝と瞬の代わりに、まひろが口を挟んだ。
「舞にも視えてたんでしょ? 視えてるから城戸君が最初に威嚇されたのなら、舞にも当て嵌まりそうだけど……貴女、そんな事は言ってなかったわよね」
「うん。アタシ、そんな事されてないし」
和輝は、数時間前の状況を思い起こす。
和輝達三人が部屋から出た後、まひろ、舞、鈴鳥の三人が部屋に残って相談のやり取りをしていた。
中の様子までは判らないが、非常事態が起きた様子は無かったように思う。
「……それって、鈴鳥さんから相談を受けてる時も?」
「ん、全然!」
念の為にと訊いてはみたが、返答は予想を裏切らなかった。
では、優弥が言った通り『視えているから』霊が怒った訳ではないという事だ。
「彼女の霊が大きく反応を見せたのは三回」
優弥は、右手の指を三本立ててテーブルの中心へ向き直った。
「一回目は、初めて彼女の霊を見た俺が、その霊と目を合わせた時」
皆に思い返す時間を与えるように、優弥はゆっくりと薬指を折り畳む。
「二回目は、俺を入れて和輝と瞬が彼女の横を通った時……」
中指を折り畳んで、一本指を立たせたまま少しの間を持たせて更に続けた。
「そして三回目は……」
「外に居た人!」
夏樹が、テーブルに乗せた手の人差し指を立てて彼の代わりに回答した。
優弥が同じ部位を折り畳む代わりに夏樹に向って頷く。
「……小鳥遊か!」
正確には、小鳥遊の姿をした霊だ。
優弥はその時、霊が膨れ上がったと言っていた。
その時は背後霊が急に変貌したのかと驚いていたが、その前に自分達も似たような状況を知らずの内に経験していたのだ。
「霊が威嚇したのは俺、和輝、瞬、小鳥遊。本条と神谷はされてない……一応訊くが、夏樹ちゃんも変な事されなかったな?」
「はい!」
優弥は真顔ながらも満足そうに一度頷くと、そのまま続けて問うた。
「……違い、判るか?」
和輝は顎に手を当てて考える。
威嚇された人間。されなかった人間。
霊の視える、視えないでは無い。霊そのものであるかも関係が無さそうだ。
自分、瞬、優弥、小鳥遊。そして舞、まひろ、夏樹。
この二つに大きく異なった何か。
「威嚇されたのは……」
気付くと同時に、和輝は顎から手を離して優弥を見た。
「……全員、男だ……!」
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