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 まひろから送られた靴を早速試着した夏樹が、座席に座って足をプラプラさせながら新しいジュースを飲んでいる。

 靴自体は夏樹のワンピースに合わせた紐もマジックテープも無い白のスニーカーと特別感は見当たらないが、ピッタリサイズだったのが余程お気に召したのか、表情には一点の曇りも見えない。

「あぁ、そうだ」

 和輝を起こすのを手伝いながら、優弥はバックヤードの方へ顔を向けた。

「本格的に話に入る前に、店長に声掛けとく」

「店長さん……居たんだ」

 今まで気配すら感じなかった事に、舞は大層驚いて言った。

「居るぞ。奥で本読んでるか寝てる」

 店長を呼ぶ優弥の声。そのままバックヤードに彼の姿が消えたかと思うと、中から「好きにしてー」という女性の声が聞こえ、程無くして再び奥から優弥が現れた。

 友達感覚のラフなやり取りに、和輝は思わず彼に訊ねる。

「良いのか? そんなに自由で」

「気にすんな。普段は俺の方がいきなり駆り出されたりしてるからな」

 そんな事で店はやっていけるのだろうか、と和輝は余計な心配をしつつ、元の座席へと戻った。

「じゃあ、話を元に戻すけど……」

 口火を切ったのはまひろ。

 依頼の後はずっと鈴鳥に付きっ切りだっただろうから、何もかも気になる筈だ。

「鈴鳥さんの事よね? 貴方達が言うには、彼女の背中で背後霊が噴き出てるって話だったけど。私、今一ピンと来ないのよねぇ」

「あぁ、そうだな。俺も俺も。どんな感じになってんの? あの子」

 瞬がまひろに同調し、回答を欲して優弥を見る。

 和輝も瞬と同じ方向を向いたのは、あの時はまだ霊が視える状態では無かったからだ。

 今、鈴鳥紗枝を見たら一体どんな風に映るのだろうか。良い予感だけはしない。

「そうだな……瞬、ちょっとそれ貸してくれ」

 優弥は瞬の持つスケッチブックを指すと、手持ちのボールペンで一番上の白紙に何かを描き始めた。

「これがだな……」

 片腕を支えにして描いていたのに、途中から役目を机の上に移している。

 瞬の持って来た筆記用具の中に色鉛筆が有るのを見つけた優弥は、最後に大まかな色を付けた。

「こうだ」

 彼が見せた紙には、鈴鳥紗枝と思われるセミロングの髪をした女性の姿。

「ヘッ……」

 の、後ろに紫色の毒に染まって逆立ちした富士山のようなモノが描かれている。

「……ッタクソだねぇ、城戸さん!」

 何時かの仕返しとばかりに、舞が思いっきりその絵を詰る。

「これじゃ妖怪だよ妖怪! 妖怪『毒吹き山姥』!」

「五月蠅い奴だな。じゃあお前が書いてみろ」

 ずい、と優弥がテーブル上のスケッチブックと鉛筆を舞の手元に押しやる。

 舞がそれらを手に取ろうと動いた時、スケッチブックが更に机の奥へと吸い込まれていった。

「私! 私が描きます!」

 意気揚々と鉛筆を握り締めて、夏樹がスケッチブックに身を乗り出した。

 一枚前に描かれた優弥の絵を参考にしながら(なるのか?)ページを捲って白紙の二枚目に筆を走らせる。

「これがですねぇ……」

 和輝が真横から覗き込んでみると、でかでかと中央に描かれたのは鈴鳥と思われる人間。

「こうでしょー……?」

 の、後ろに紫色の毒に満ちた逆立ちの富士山のような物体が付け加えられた。

「変わんねぇじゃねーか!」

「だってこう見えたんだもん!」

 自信満々に机の中央に差し出されたそれに、和輝も思わず口を出してしまう。

 敢えてオブラートに包むのならば『五十歩百歩』と言うのが正しいのだろう。変わったのは中央に描かれた鈴鳥の大きさだけである。

「いやいや……っていうか二人共、何で鈴鳥さんメインなんだよ」

 机を挟んで、瞬が夏樹の手からヒョイと鉛筆を摘まみ上げる。

「こういう時はな、見せたい方を大きく描くんだよ。話聞いた感じだと……そうだなぁ……まぁ実際見てないから自信無いけど……」

 独り言のように呟くきながら、今度は瞬が三枚目を開いた。

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