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「成程な」
優弥が妙に納得したように頷く。
「和輝の身体から完全に出られなくなった訳じゃなくて、身体の一部だったら出せるのか」
「あんま嬉しくない朗報だな……」
小鳥遊の家に行った際に察していた事ではあったが、不自由には違いない。
それなら何処の部位も出て来ない方が、他の人間に見られる可能性が少ないだけまだ心臓に優しいとさえ思える。
「夏樹ちゃんにはオレンジジュースだ。本条は牛乳で良いか?」
「うがー!! 今アタシの身長見て言ったね! アタシもオレンジジュースだバカヤロー!!」
「悪い、悪い」
精一杯の咆哮を気にも留めず、牛乳はそのままに優弥は再びカウンターへと向かう。
瞬がそれを見届けて、舞に顔の向きを変えた。
「まひろさん、まだ来れそうにないって?」
「ん、ちょい待ち」
舞は携帯を取り出して、素早く画面に目を通す。
やけに手慣れた指の動きが、普段から頻繁にまひろと連絡を取っているのだろうと推測出来た。
「今、駅まで来てるって! アタシ迎えに行って来ようかな」
「一人で大丈夫か?」
席を立つ舞を和輝が見上げる。
「キミも心配性だなぁ! さっきと違って迎えに行くだけだってば!」
そのまま小走りで扉に駆けて行った舞は、扉に手を掛けたところで一度振り返った。
「城戸さん、アタシまひろ迎えに行って来るね!」
「おう、一人で大丈夫か?」
和輝は、遠目に見ても彼女の頬が膨れ上がったのが判った。
優弥の顔は大真面目だったから、きっとわざと言った訳では無いのだろうが、彼女の逆鱗には触れてしまったようだ。
「何だぁ!? アタシは子供じゃないぞ!」
言うなり、勢い良く扉を開けると飛び出して行ってしまった。
後に残ったのは力任せに閉められたストッパーの付いていない扉が、虚しく揺れ動く音だけであった。
「……どうしたんだ、アイツ」
店の外を走って行く舞を見遣りながら、優弥は和輝達に問う。
「あぁ、まぁ……本条さんは大人って事だろ」
「はぁ?」
多分だが、彼女は自覚が有る程度には子供っぽく見える事を気にしているのだと思う。
だからと言って、きっとまひろの様な大人っぽい外見や言動を目指している訳でも無いのだろう。
可愛いは可愛いでありたいし、大人っぽくも見られたいのだ。
「……難しいな」
ボソリと言った和輝に、優弥は頭を振った。
「言いたい事がよく解らんが……神谷の到着を待つか。話はそれからでも良いだろ」
「夏樹ちゃんに、鈴鳥さんに、小鳥遊……色々あっけど、どれから話すんだ?」
瞬は座席の背もたれにどっしり体重を預けて訊く。早くも寛ぎモードだ。
かく言う和輝も、久しく安全に休める場を得られた事で疲労がどっと押し寄せて来た。
そろそろ店の外も暗がりが広がっている。今日は色々有り過ぎた。
「どれから、か。ま……そうだな」
優弥は舞の席に置いたグラスがしっかり空になっている事を確認すると、持って来たオレンジジュースと取り換えて瞬へ答える。
「まずは鈴鳥紗枝の事からにしよう」
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