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「二人とも遅かったなー。そんなに遠かったの? 小鳥遊の家」
明るい茶髪を揺らしながら小走りで寄って来た瞬は、少し息を切らしながら声を掛けた。
その目は和輝をじっと見ている。霊は視えないが夏樹は視えている彼から、和輝はどう見えているのだろう。
思い出したように、瞬は和輝を見たまま訂正する。
「……三人か」
「三人です」
夏樹が、和輝の両腕から自分の両腕だけ出して両手でピースを作っている。
ついさっき自分から「いきなり動くな」と言っておきながら勝手な奴だ、と和輝は呆れた。
油断するとすぐ阿修羅像みたいになってしまう。
困った様に笑う瞬の手には、スケッチブックのような用紙が入ったビニール袋が提げられていた。
「瞬、どうしたんだよそれ」
ビニール袋を指しながら、和輝は不思議そうに訊ねた。
「あぁ、これ? いや俺、幽霊とか言われても全然解んねぇじゃん? だからこれに絵とか文字で書いて分析しようってワケ! やる気バッチリっしょ!」
「自分で言わなけりゃな」
軽口で返して、三人は目的地に赴く瞬の跡を追う様に歩き出した。
空の明るさに反して、携帯で見た時刻は十九時を回ろうとしている。
優弥は駅前のカフェだと言っていたが、この時間帯に開店なんてしているのだろうか。
「『カーミラ』だったけ、そのカフェ」
和輝の問いに、胸元から訂正が飛んでくる。
「それ吸血鬼でしょ。『カミーラ』だよ相田君」
「よくそんな事知ってんね、舞ちゃん」
感心したように瞬が声を出すと、舞は得意気に鼻を鳴らした。
「まひろがそんな事言ってた! ここ、まだ真っ直ぐ?」
「いんや、右」
そう言って、瞬は大通りから外れた路地裏の道に入って行く。
道に入る前には飲み屋やコンビニが見えていたが、ここは人通りが無いに等しい。
場所を知っていなければ、本当にこんな所に店が在るのか疑いたくなる。
「そう言えば、優弥はどうしたんだ?」
それっぽい建物が見えてこないので、和輝は瞬にもう一人の行方を訊ねてみた。
思い返せば、大学の後に行先が明確になっていないのは彼だけだ。
あの時、何処かに連絡をしていた様子だったが。
「先に店に行ってるってよ」
「優弥さん、せっかちさんです?」
夏樹のキョトンとした声が聞こえて来た。
「いや、マイペースな奴ではあるけど……」
じっと待っているのも、何だか優弥らしくないと言えばらしくない。
何も無い時なら兎も角、今は小鳥遊の家か鈴鳥の家という目的地も有った筈。
何だかんだで相談の協力はしてくれているし、肝試しの時から霊に関する事には世話を焼いている気がする優弥なら、どちらかの家に赴きそうなものだ。
「お、あったぜ」
瞬の言葉に、和輝は彼と同じ方向を向いた。
和輝達から見て、右手側の建物の間だ。
何が経営しているのかよく判らないビルと一軒家に挟まれて、ややこじんまりとした緑色の屋根の店に、明かりが灯っている。
看板は置かれていない。だが店のガラスに『カミーラ』の白文字が印字されている。
入り口扉に置かれている黒板を模したような立て看板には何も書かれていない。良く見ると、昨日の日付と何かのメニューが消された跡が残されていた。
「在ったのは良いけどさ……」
立て看板から入り口に目を移した和輝は、思わずそこで足を止めた。
入り口扉にも楕円型で木製の掛け札が吊るされている。
そこには、大きく『クローズ』の文字が記されていた。
「……閉まってないか?」
「でも優弥に教えられたのここだぜ。ほら、明かりも点いてるし。入ったら中に居るんだろ、きっと」
「取り敢えず座ろうよぉ。アタシ、ヘトヘトだぁ」
札に構わずに瞬が扉を開けるもので、もう入ってみるしかない。
「違ったら、出たら良いんじゃないですか?」
気軽に言ってくれるよな、と和輝は夏樹に対して溜息で返した。
隠れている夏樹は良いとして、気まずくなるのはこっちなのだ。
瞬の後ろからゾンビのように項垂れて入る舞に続き、和輝もそっと店内に入ると中を見渡した。
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