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和輝の通う大学の最寄駅であり、和輝達が小鳥遊雄介のマンションへ行く際に利用した駅でもある。
閑散とした駅ではなく、かと言って溢れかえるような人混みでもない。
その駅の前に、電車から降りた人の波に紛れて二人の男女が姿を現した。
「結局……」
ここで落ち合う筈の人間をそれとなく探しながら、男の方はずっと気になっていた事を隣の女性に問う。
「何だったんだ? 本条さんの言ってた違和感って」
女性は見回す顔を止め、記憶を整理する様に一旦沈黙を挟んでから彼の方に頭を向ける。
「初めて小鳥遊君を見た時のやつ?」
「うん……俺も森崎を通して視えるようにはなったと思うけど……アイツには何も視えなかった。それって、小鳥遊君は無事だったってだけじゃないのか?」
「あの人が幽霊だった訳でも無さそうでしたしねぇ。一個進んで一個振り出しって感じです」
自分の内側から聞こえる声に、男は頷く。
対して、女性は正面に向き直ると遠くを見据えながらそれに返答した。
「違うよ、二人とも。何も視えなかったから変なんだ」
あの後。
小鳥遊雄介の家から出た三人は、一連の関係性について考え込んだまま、その事に触れられずにここまで戻ってしまった。
彼の家で何も事件が起きなかったのは幸いだ。
だがそれと同時に、新たな事件も浮上してきた気がする。
「相田君。小鳥遊君が最後に言ってた事、覚えてる?」
舞が訊いたのは、籠飼の名前が出て来てからの話だろう。
『最近、ずっと変な夢を視るんだ』
と、彼は苦い思い出でも語るかの様に言っていた。
彼の夢は、いつも同じ場所から始まるそうだ。
今では校門すら潜っていない大学の、しかも何故か校庭の端っこに植えられている木々の中。
特に何かをする訳でも無い。誰かを待っている訳でも無い。
だが、ある女の子が校庭を通る時、自分は隠れる様に木々に身を潜ませてずっと彼女の事を目で追い掛けている。
木々の前にはベンチが置いて在って、彼女はたまにそこに座る事もある。
そんな時も自分は木の隙間からじっと彼女の事を見ているのだ。話し掛けたりはしない。
彼女の方もいつも一人で、いつも黒っぽいワンピースを着ている。
夢の中の小鳥遊は、彼女の名前が鈴鳥紗枝だと認識していた。
夢は唐突に終わる。
鈴鳥紗枝を見ていると、彼女の方角から姿の見えない怒鳴り声が聞こえて来るのだと言う。
鈴鳥紗枝が怒鳴っているのではなく、彼女の周辺から聞こえて来るのだ。
何を言われているのかはハッキリとは聞き取れない、もしくは覚えていないが、怒っている声だというのだけは解る。
怒られたところで、小鳥遊はいつも目を覚ます。
それか、誰かが近寄って来た時。
そんな存在は殆ど居ないが、たまに小鳥遊に近づく人間が現れる。今にも小鳥遊に触れようかというところで、小鳥遊は自室で目を覚ます。
「……悪夢ってヤツだよな」
小鳥遊の顔を思い出しながら、和輝はポツリと返答した。
同意する様に舞が頷く。
「小鳥遊君、元気無かったでしょ?」
「そりゃ、体調悪けりゃ元気も無いだろ」
「違う違う! ほら……何て言うの? 生気とか、気力とか。そういうのが全部抜けてる感じ」
言われれば、彼の顔をそう捉える事も出来る。
その悪夢の所為でよく眠れない、と彼は目の下に出来たクマを指しながら力無く笑っていた。
そんな夢を視続ければ誰だって気力は落ちるさ、と和輝は頭を振る。
「夢に魂吸われてるって話? 何かファンタジーだな……」
今一つ信用していない様子の和輝に、舞は人差し指を突き出した。
「今のキミだって、充分ファンタジー」
そう言われて、和輝は何も言い返せなくなる。
話せる幽霊に付き纏われるどころか、身体の中に入り込まれた自分。
試しに、周りに人が居ない事を確認して右腕を上下に振ってみる。
すると振った和輝の腕の後に、残像みたいに少女の腕が見え隠れしていた。
「急に動かさないで下さい! 追いつけないから!」
「お前……それ、俺の身体に合わせて自分で動かしてたのか……?」
これが起こり得るのだから、小鳥遊の事も他人事には出来ない。
和輝としては、こっちを先にどうにかしたいのだが。
「アタシが思うにさ……」
舞が何か言い掛けたところで、目の前の誰かに向かって手を振り上げた。
「うおーい! こっちー!」
三人の正面遠くに居た誰かが、舞の声に反応してこちらを向く。
遠目に見ても一発で判断出来る。矢張り目印には丁度良いな、と和輝はその人物の到着を待った。
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