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 時刻は夕方に差し掛かった、とある市の郊外。

 漸く気温も落ち着いて来たかという空の下、閑静な住宅街で二人の男女が歩いていた。

 その内の一人、男の方は徒労感に見舞われたようにがっくり肩を落としている。

(……無駄に、疲れたな)

 大学から小鳥遊雄介の家には、二駅程の電車を利用しなければいけない距離があり、故に和輝は電車の中での視線に一々怯えながら移動する必要があった。

『あ、じゃあ私は和輝さんの中に隠れてますね!』

 と夏樹は言っていたが、周囲から和輝がどのように見えているのか、和輝には知る由も無い。

 自分の身体を見る限りでは、夏樹の身体が重なって見えていたりはしない、と思う。

 それでも、誰かと目が合う度に思うのだ。「もしかして、バレているんじゃないか?」と。

 誰にも声を掛けられたり、携帯のレンズを向けられていないのは不幸中の幸いというやつなのかもしれない。

「一応、言っとくけどさ」

 道すがら、舞は歩きながら真剣な顔で申し出る。

「もしヤバそうだったら、アタシ逃げるからね」

 高望みはしていなかったものの、言われてしまうと不安が大きくなる。

 しかし、いざという時にはそうした方が良い事は和輝も感じていた。

 連絡を取っていたのは別人。そうでなくても誰かが潜んでいる可能性。そして考えたくは無いが、こうして話している相手が幽霊の場合。

 色々と警戒する余地は尽きない。

 小鳥遊に送った連絡の返事は上々。

 いきなりの連絡には戸惑っていた様子だが、彼の家に行く事は承諾してくれた。

 問題は、今の和輝を見て混乱を招かないかという心配だ。

「変な事にならなきゃ良いけどな……」

 和輝が不安を零すと、舞は笑顔で応える。

「だーい丈夫だって! 見た感じいつも通りだし! それより身体の調子は?」

「うーん、問題は無い……かな」

 吐き気は治まっている。慣れた、と言った方が良いか。

 舞がこう言っているのなら、夏樹は上手く隠れているようだ。

 どのように隠れているのか定かでは無いが、透けて、和輝と重なっている。今のところはそう考えるしかない。

「勝手に動かされたりしなけりゃね」

「大丈夫です! 今、和輝さんに身体の主導権有りますから、私が動かしたり出来ません!」

 本当か?

 つい先程、思いっきり頭を動かされた気がするのだが。

「……着いた」

「どれ?」

「目の前」

 見上げた和輝に釣られて、舞も彼の視線の先に目をやる。

 五階建ての白いマンション。築年数は判らないが、古い感じはしない。

 エントランスはオートロック式だ。中に入るには、住人の部屋番号を押して部屋の中から許可を得る必要が有る。

「取り敢えず、着いた事を言っとこうか」

 和輝は携帯電話を取り出し、連絡アプリを起ち上げた。

 最近のアプリは便利だ。数回タップするだけで無料で通話が掛けられる。

 彼の名前を指先で押し、表示された電話のマークをタップした。

 ツーコール。

 彼の声が聞こえるまでの間だ。

『……もしもし、相田君? どうしたんだ?』

 電話口の向こうから寝起きのような男の声が聞こえた。

 和輝はホッとする。彼の声は記憶に新しくはないが、聞こえるというだけで心の何処かで懸念材料の一つが消えた気がした。

「あぁ、今着いたよ。入れる?」

『了解……大丈夫。僕の部屋の番号、判る?』

「うん、覚えてる。本条さん、二〇一押してくれる?」

 横目で舞に支持を出すと、舞は親指と人差し指で丸く円を作ってその番号を押しに掛かった。

『……本条さん?』

「女子と一緒に行くって言ったろ。提出物持ってんのも、その子だからさ」

 電話の向こうで沈黙が流れた。

 しまった、流石に良く知らない女性から、というのは怪しかったか。

『……そっか。相田君の彼女?』

「ち、違うって! ただ、家の場所俺くらいしか判らなかったってだけでさ!」

 小さく笑う息が電話口から漏れている。

 否定は事実なのだが、何だか恥ずかしいやら悔しいやらで和輝の頬は赤くなった。

『今、開けたよ』

 舞は既に自動ドアの前で今か今かと開く瞬間を待っていた。

 開くなり中に飛び込んだかと思うと、そのまま入り口の前で突っ立っている。

 それが自動ドアが閉まらないように感知されていてくれているのだと知ると、和輝も彼女の後に続く事にした。

「じゃあ、また後で」

『はいよ』

 小鳥遊の声を聞き届け、通話を終了させる。

 空がまだ明るいせいか自動点灯の働いていないマンション内が、妙に不気味に感じた。

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