P.88

 小鳥遊雄介の安否。和輝も気にはなる。

 二日前には思いもしなかった事だ。もしかすると、知っている顔が死んでいるかもしれないなんて。

 小鳥遊の家に行くのには、和輝も概ね賛同だった。

 同時にこうも思う。幽霊である事に考えが偏っていないか、と。

「……今から、この人数でか?」

 様子を伺うように、和輝は返答した。

 何せ和輝の中では、小鳥遊はまだ生存している。証明出来るのは無機質なデジタル文字だけだったが、己の中では何かが引っ掛かった。

「家に居る場合だが。警戒は……されるだろうな」

 慎重な優弥の隣で、亜麻色の髪が跳ねた。

「あ、じゃあアタシが行ってみようか!」

「え、一人で行くつもり?」

「モチロン、君も一緒に決まってるでしょ!」

 舞が不安そうに見ていた和輝の腕を叩く。

「その人がどういう人か知んないけどさ、女の子が一緒だったら多少は気持ち緩むんじゃない?」

 場合によっては逆に警戒を強めそうだが。

 舞の場合、この溌剌とした性格が手伝ってはくれそうだ。

 となれば、後は彼を誘う口実だが。

「学校からの提出物を渡したい……とかどう?」

「無難っちゃ無難か……」

 変に理由を考えると怪しまれそうだ。

 瞬のように、気軽な感じで声を掛けた方が良さそうではある。こちらとしても無事であるかどうかを確認するだけなのだから。

「でもさ、良いのかよ」

 唐突に、瞬が切り出した。

「鈴鳥さんの相談とは関係無いかもしれないだろ? 時間割く余裕なんて有んのか?」

「いや、少なくとも彼女側には有る」

 言い切った後、訝し気に見て来る皆に向かって優弥は続ける。

「……このままじゃ、あの子ヤバいぞ」

「どういう事だ?」

 微塵も気後れしていない優弥に、和輝は問う。

 続けて、この際に東棟内で彼の言った『作戦』にも回答を求めた。

「それに、お前の言ってた『鈴鳥さんにさり気無く近付け』ってヤツ、何だったんだ?」

「何それ?」

 舞の怪訝な顔が、今度は和輝に向いた。

「さっき、二人が鈴原さんから相談を受けてる時に廊下で優弥に言われたんだ。未だに意味は解らん」

「あぁ、それな……」

 優弥は言おうか迷い、視線を横に向けて考えている。

「……纏めて話した方が良さそうだ。お前ら、この後時間有るか?」

「ん、どっか行くのか?」

 携帯電話を取り出して操作する片手間で、優弥は瞬に応える。

「……駅前に『カミーラ』ってカフェが在る。用件が終わったらそこに一度集まろう」

 何となく、嫌な響きの名前だな、と和輝は思った。

 時間は持て余しているので、行くのは問題無いのだが。

「じゃあ……」

 和輝は顔を上げる。ここからの行動指針が決まった。

 優弥も頷き、確認の為に皆の顔を見渡す。

「一度、解散だ。和輝は小鳥遊雄介の家に向かう」

「わかった」

 和輝が頷く。

「本条は和輝と一緒にそいつの家」

「おっけー」

 舞は笑顔で親指を立てた。

「瞬はその辺の草でも食んでてくれ」

「お前、俺に恨みとか有る?」

 悲しそうな瞳になる瞬の横で、手を叩く音がした。

「あ、じゃあまひろにも連絡しとかないと!」

「まひろさん、今何してるんです?」

 夏樹の声に反応して、舞が和輝の方を見る。慣れない体験に和輝はどう反応すれば良いか解らず、身体だけ蠢かせた。

「んー。今、鈴鳥さんと一緒に鈴鳥さんの家に行ってるって……連絡来てた」

「献身的だな……ん、本条。追加で連絡送れるか?」

「良いけど、何さ」

 優弥が舞に寄り、何やら送る文の内容を伝えているようだ。

 和輝はふと、自分の身体の中で何かがもぞもぞと動く違和感を感じて眉を寄せた。

 本当に奇妙な感覚だ。皮膚の表面にスライムでも貼りついて、風で揺れているみたいに。

「おい、もういい加減良いだろ? 外に出てくれよ」

 身体の中から応答が無い。

「……森崎?」

 冷や汗が、和輝の頬を伝った。

「あのー……大変申し上げ難いのですが……」

 少し離れて、舞と優弥。

 送信文も確定し、いざ送ろうかと舞の指がボタンに触れた時、校庭にその声は響き渡った。

「アホかぁお前!!」

 晴天の中に落ちた雷に、二人は身体を強張らせた。

 画面から目を離した彼らの前には、一人で身体を捩っている和輝の姿が目に入った。

「何だ、どうした」

「夏樹ちゃん、和輝の身体から出られないんだって」

 自分にはどうしようも無いと諦めたのか、瞬は特に慌てた様子もなく半ば呆然と優弥に答える。

「離れられねぇならやる前に言えよ!!」

「だって和輝さんが視たいって言うから!」

「言ってません!」

 一人の男の身体から二人分の声が聞こえる。

 しかも片方は外見に合わない元気な少女の声だ。

「おいこれお前、どうすんだよコレ!!」

「いやホントどーしましょうねコレ!!」

 優弥は頭を抱え、深い溜息を吐いた。

「まぁ……取り敢えずだ。夏樹ちゃんも和輝達と一緒ってことで……」

 優弥は、ゆっくりと舞に向き直った。

「……良いよな?」

「……アタシにどうにか出来るかな、アレ」

 今日が休校で本当に良かったと、和輝の知らぬところで他の三人も妙な安堵を得ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る