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 肝試しに行く、二日程前の事だ。

 小鳥遊から『講義の範囲』についてのチャットが届いたのは。

 どうやら休学中でも真面目に勉強をしているらしく、和輝は心の底から感心したのを思い出す。

 短いやり取りではあったが、久しぶりに話が出来て懐かしさを感じた。

 和輝は感じていた吐き気も吹き飛ぶくらい、慌ててそのやり取り画面を開くと皆に見せつける。

 画面には、淡泊な文章ながらも気を遣って申し訳無さそうに何度も謝っている彼の言葉が出力されていた。

「ほら、ちゃんと返って来てるだろ!?」

「ちょ、ちょっと待って」

 舞が和輝の携帯を退けるように手を上げた。

「声を聞いた訳じゃないんだね?」

 それを言われて、和輝は嫌な予感がする。沈黙は質問に対する肯定を示していた。

 もしかして、小鳥遊雄介は既に死んでいて……誰かが代わりに文字を打っている?

 だけど、それこそ何の為に。

「それにさ」

 と、何も言わない和輝に追撃するように舞は続けた。

「纏めると、その同級生君に鈴鳥さんの霊が反応してるって事でしょ? どういう事?」

 舞は優弥の顔を見上げて訊ねる。

 優弥は、何も言わずに口に手を当てていた。

 関係……有る、のか?

「っていうかさ。ホントに幽霊なのか、それ?」

 幾ら目を凝らしても一向に認識出来ない瞬は、疑わし気な声音でもう一度木々の部分を見ている。

「それは本当だ……よし、和輝。ちょっとそこで見てろ」

 徐に、優弥が小鳥遊の立っている場所に向かって歩き出した。

 昨日、確か優弥はそこから現れた。

 視えなかったあの時はただただ疑問の眼差しを向ける事しか出来なかったが、夏樹を通して視えるようになってしまった今ではその疑問が心配に変わる。

 優弥も舞も、昨日はあの小鳥遊の霊と思われる者に気が付いていたのだ。

 何もして来ないとはいえ、そんな安易に近付いて大丈夫なのだろうか。

 そんな和輝の心配を察したかのように、内側から夏樹の声がした。

「大丈夫です、あれは」

 夏樹の言葉が正解だというのは、すぐに判った。

 優弥が小鳥遊の霊に至近距離まで近付くと、小鳥遊の霊は煙が霧散するようにしてその場から消え去ってしまったのだ。

 優弥はその場で辺りを見回していたが、暫くすると何事も無い顔で戻って来た。

「近付くと消えるんだ」

「アタシも昨日、マジでただの不審者かと思ってビビっちゃったもん。ま、その後にホントの不審者みたいな人が出て来て驚いたけどさ」

 肩を竦めてみせた舞に、優弥は一瞬の間を挟んで舞に向く。

「……俺のことか?」

「他に誰が居るのさ」

 優弥は軽く首を振るうと、今度は和輝に向く。

「でも、生きてんのか」

「確証は無いけどな。このチャットだって、二日前のやつだし……」

 再び、優弥は口に手を当てて考える。

「俺が視たのは一月前位からだな……」

「アタシは昨日が初めて」

 どういう事だ。考えれば考える程、解らなくなる。

 視た時期はバラバラ。近付いたら消える。本人は生きているかもしれない。

「なぁ、直接訊いた方が早いんじゃねぇの?」

 瞬の声が、考え込む三人の間に割って入った。

 確かにそうだ。ここで思考を巡らすよりかは、そっちの方が手っ取り早い。だが。

「つっても、何て訊くんだよ?」

「ンなもん適当で良いっしょ。馬鹿正直にそのまま言わなくても良いんだしよ。メシとか誘えねぇの?」

 こういう時に、瞬の気軽な発想はある意味頼もしい。会話を試みるだけで始める理由探しをしてしまう和輝には、到底思い付きそうにも無い誘い方だ。

「家の場所は知ってるんだけどな……」

 困ったように和輝が言うと、内側の声が提案した。

「じゃあ、行ってみます?」

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