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一体、どういう理屈なのか。
確かに、あの木々の間にそれまで見えなかった人影がぼんやりと見える。
短髪で、並べば背丈は和輝よりも高いと思う。虚ろな眼光が何処か恨めし気に木々の間からこちらを覗くが、夏樹の言う通り覗いているだけだ。決して、こちらに接近してこようなどという脅威は感じられない。それが逆に、背筋に悪寒を走らせる。
とても薄くて、今にも消えてしまいそうな人影だった。
視える人間が遠目に見れば、生きた誰かが立っているようにも見えるだろう。夏樹と同じように、幽霊と呼ぶよりかは生きている人間がそのまま薄くなったかのような形をしている。
「……ん?」
和輝は、黙ってこちらを見つめてくるその人影を見て、自分の目を疑った。
本日何度目になるか判らない『嘘だろ』の感情が和輝の頭を混乱させた。
和輝には見覚えが有る。あの木陰で虚ろに佇む人影を。
「……
疑わし気に落とされたその名前に、瞬が驚いて身体を仰け反らせる。
「たっ……小鳥遊ィ!?」
「誰だ?」
記憶に無い名前を連呼されて、優弥は説明を求めるように問うた。
彼が知らないのは無理も無い。反応の薄い舞も、恐らく存じていないのだろう。
あの短髪の男の名前は
和輝達と同じ大学一年であり、同じ大学に通っている……いや、通っていた和輝の数少ない友人の一人だ。
ただ、瞬と違って同学年でもこれまで彼の名前が挙がらなかったのには、理由が有る。
「アイツ、休学中じゃなかったっけ……?」
そう、講義に来ていないのだ。
それも入学して一箇月経つか経たないかの事である。
別に珍しい事ではない、と和輝は思っていた。
中学や高校の時だって、同学年に一人は不登校の生徒が居た事を知っている。細かい理由も有るのだろうが、自分にとって関わりの薄い人物には「そんな人が居るのか」という程度で考える事はしなかった。
考える事をしなければ、その人物との記憶も薄まっていく。
それは、小鳥遊雄介に対してもそうだった。
大学に入学したばかりの頃に偶然近い席だった事が切っ掛けで、良く話していた、と思う。
優弥の絡み酒(和輝は飲んでいないが)を語った内の一人でもある。
温厚な性格で、和輝の愚痴にもよく笑って聞いてくれた。誰か適当に声を掛けてくれ、と言われたならば、彼の顔が真っ先に出て来る位には話し易い物腰だった。
それが、五月も後半を迎えようかという頃、パタリと大学に来なくなってしまったのだ。
時期も時期という事があり「五月病」だとか、その時は言われていた気がする。本人からは「体調不良」だという連絡が、まだ和輝の携帯電話の中に残っている筈だ。
「そいつが、何であんな所に居るんだ?」
優弥の問いに、和輝は答えられなかった。
今の今まで見えなかった対象に、思い当たる節など無かったからだ。
「ま、まさか……とは思うけど」
瞬がわなわなと和輝を見る。
言いたい事は、和輝にも理解出来た。
「アイツ、死んじまったのか……?」
そして、亡霊として大学に出現した、と。
だが、一体何の為に?
見知った顔だからか、和輝は恐怖よりも先に疑問が頭に浮かぶ。現在進行形で夏樹に浸食されている非日常も体験しているからか、何もして来ない目の前の幽霊に対して、尚更恐れは感じられなかった。
いや、そもそも、だ。
「そんな訳ないだろ!」
和輝は、強い否定の口調で瞬に言い返した。
「だって……アイツ、生きてるんだぞ!!」
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