P.85
「そんな事できんの!?」
和輝よりも先に、瞬が大きく驚いた。
遅れはしたが、和輝としても信じ難い。
「はい! 私が和輝さんの中に入ったら良いんですよ!」
夏樹は自信たっぷりに言い切ると、そのまま腕を和輝に向って突き出して来た。
そんな、お手軽ドッキングみたいな事が可能なのか。つくづく幽霊というものが解らなくなる。
和輝の目の前で止まっている腕。これが、自分の中に入る?
「何言ってんだお前」
肯定や否定の前に、素直な感想が口から出た。
今のこの時までで、夏樹の幽霊らしい部分は実のところ和輝にはあまり感じられていなかった。
だから、そんな事をいきなり言われても今一つ信じられなかった。
それは、夏樹という存在は幽霊だと頭に言い聞かせていたようで、実際は和輝の中で一人の少女としか見られていなかったという事に他ならなかった訳で。
「良いじゃねぇか。話がスムーズになる」
「優弥……お前、他人事だと思ってないか?」
和輝は全く失念していたのだ。
森崎夏樹は正真正銘の幽霊である、という事に。
「それで、どうすんの?」
「いや、いい、いいって! 状況とか後で聞くからさ!」
気軽に訊いた舞に応えるように、夏樹はすぐに行動に起こした。
「こうするんです」
瞬間、和輝は腹部に違和感を感じた。
何かが突き刺さっている、とは違う。浸食されている、とも言えない。
まるで冷たい鉛をゆっくり押し付けられているかのような、内臓の歪む圧迫感。
吐き気を覚える。気持ちが悪い。初めて車酔いを経験した時に似ている。
和輝は、視線を恐る恐る下げる。
そこには、確かに和輝の腹部を貫通している、夏樹の腕が見えてしまった。
(止めろ、本当に吐きそうだ!)
頭の中で拒絶はしたが、肝心の声が出て来ない。
顔から血の気が引いていくのが自分でも解る。
「で、こう」
必死な脳内抵抗も虚しく、夏樹は無情にも貫通させた腕ごと身体を反転させて、文字通り和輝の身体に被さってしまった。
憑りつかれた。身体の内側に入り込まれた。夏樹と重なっている。
一体どれが正しい事象なのか和輝には解らない。
唯一解っているのは、自分の身体の中に夏樹が居るという実感だけだった。
「俺、断ったよな!?」
自分の腕に重なって、夏樹の腕が見える。
何とも言えない気持ち悪さだ。圧迫感も倍増した気がする。
「はい、断りました! が、入ってしまいました!」
自分の顔の辺りから夏樹の元気な声が響いて、和輝は思わず耳を塞ぎそうになってしまう。
何という冗談だ、これは。
まさか、乗っ取られた?
自分の身体に起こった変化に眩暈がする。
こんな、いとも、簡単に。呆気無く。
それまでの『何か近くに居る』だけだった存在に、今度こそ何の誤魔化しも必要無く憑りつかれてしまったのか。
「……なんか」
「……凄い絵面、だな」
目の前で引き気味の優弥と舞の姿が見える。
後で本当に何とかしてくれ、と切実に願う横で、瞬もマジマジとこちらを見ている。
「で、どうなの和輝。見えんの?」
「あー……そうだなぁ……」
そう言えば、そんな話だった。今はただ怠くて、どうでも良さそうな返事が出てしまう。
「ちゃんと見える筈です! ほら和輝さん、あそこあそこ!」
近くで聞くと余計に騒がしい声だ。顔が夏樹の声から剥がれようと、自然に横に逸れてしまう。
いや、正面に動いている。何だ、顔の、制御が。
「お、おい……! 何か勝手に、動いてる、ぞ……!」
首元に力を入れてはいるが、筋肉が痙攣するばかりで抵抗が出来ない。
「私が動かしてますから」
夏樹はあっけらかんと言ってのける。
「あんまり無理に動かさない方が良いですよ。そんな事したら首が……」
折れるとでも言うのか。
霊に乗っ取られているのだ。それくらいのデメリットが有ってもおかしくはない。
「筋肉痛になりますよ?」
今後、湿布を常備しておいた方が良さそうだ。
なすがままに顔を動かされる事にした和輝は、そんな覚悟を決めながら夏樹の示した場所へ強制的に視線を向けさせられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます