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作戦を始める為に、和輝は何か使える物が無いか周囲を見回した。
出来れば手渡せる物が有れば良い。
瞬や優弥なら話し掛けるだけでも達成出来そうな目標なのだが、和輝にはハードルが高過ぎる。せめて、何か『そう出来る』切っ掛けが欲しかった。
遠目には、瞬が自動販売機に飲み物を調達しに行く姿が見えた。なら、和輝はそれ以外である必要が出て来る。
(そうだ、籠飼翔の事……)
和輝は、舞が持っている写真に目が止まった。
先程も変な嘘で切り抜けたのだ。何を訊いてるんだ、と彼女には思われるかもしれないが、いまさら鈴鳥からの好感度などを考えるつもりも無い。
「……本条さん、ちょっとそれ貸して」
「え、うん。良いけど」
和輝は舞の手元から籠飼の写真を預かると、鈴鳥に歩み寄った。
「鈴鳥さん、ちょっとこの人の事を訊きたいんだけど……」
写真を見せる為に和輝は鈴鳥の目の前まで移動すると、籠飼の写真をひっくり返して鈴鳥に見えるように差し出す。
「あ、彼の事……聞いたんです、ね」
鈴鳥は、恥ずかしそうに身体を縮こまらせた。
「あ、うん……まぁ同じサークルだし多少は、さ。それよりこの人、籠飼翔って人なんだよね? 別の大学の」
話し掛けながら、和輝は考える。訊くべき内容は特に用意して無かったからだ。
それというのも、既に優弥からのミッションは達成されている。
されている、筈だ。
ここに来て涼しい顔で後ろから見ている優弥が少し恨めしく思う。
鈴鳥からの返答は、簡単なものだった。
「えぇ、そうです。もしかして、あ、あ……あい……」
和輝の顔を見ながら、鈴鳥は言葉を詰まらせた。
言い掛けた続きに繋がりそうなものを、和輝は予測する。
「相田」
「あ、相田さんもご存じだったんですか?」
「いや、俺もさっき聞いたんだけど……そうだな……この人の連絡先とかって知ってたりしない?」
鈴鳥は首を横に振った。
声も身体も細い彼女はその仕草だけで倒れてしまいそうで、和輝は続きを躊躇ってしまう。
「よ、よく行きそうな場所とかは?」
鈴鳥は、また首を横に振る。
「あの……済みません。私、その人とはまだあんまり話した事なくて」
「あー、わかる!」
突然、舞が口を開いた。
「でも見た目だけでカッコイイもんね、特に部活中とかさ」
途端、鈴鳥の顔が明るくなり、上目遣いは変わらずとも舞を向いてコクコクと頷く。
「ま、これから話していけばイイっしょ! 取り敢えず、ほらこれ」
自販機から戻って来た瞬が、片手のペットボトル水を鈴鳥に差し出した。
「何か調子悪そうだぜ? これあげる。ちゃんと水飲んでる?」
「あ、有り難う御座います……あ、お金……」
「いい、いい! ほら、アレだよ、お近付きの印っつーか」
それでも、鈴鳥は申し訳無さそうにしながら水を受け取った。
瞬がその場からサッと一歩退くと、鈴鳥はその水の蓋は開けずに何かを考え込む様に下を向いた。
「私、初めてで……」
まひろが、自信が無さそうに彼女に問う。
「……好きに、なった事?」
鈴鳥は黙って頷いた。
「元々、男の人とお話する事なんて殆ど無かったんですけどね。何か最近は特に避けられてる気がして」
すると、優弥が自分に思い当たる事が有るかの様子で「あぁ……」と声を出した。
「それで、アタシ達の所に来る事にしたんだね」
「友達も居ないので……」
不安を共有出来る人が居ない。講師に相談するような事じゃない。親になんて、何を言えば良いんだろう。
鈴鳥は、そう思ったからこのサークルに来たのだろう。
赤の他人だからこそ気は遣わずに済む。公共の有料施設でもないサークルだから、例え相談が解決しなくても「そんなものか」で片づける事が出来る。
そう考えると何だか仲間意識が芽生えた気がして、和輝は現金ながらも解決したい気持ちが強くなった。
「でもこんな所で考え込んでたら暑いでしょうに」
瞬の心配に、鈴鳥は苦笑する。
「それは……あの、本当に気分が悪くなっちゃって、休憩を。これも最近なんですけど、大学に来るとしょっちゅうなんです」
「大学に?」
和輝は心配と同時に疑問符を打った。
何か精神的な原因が有るのではと、そんな考えが過ぎったからだ。
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