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熱気の海は落ち着きを取り戻している、事は無かった。
むしろ今が絶好調だと言わんばかりに、太陽が容赦無く地面を焼いている。
今年の夏は一段早く訪れてしまったようだ。
そんな海の中に足を踏み入れて数歩。
二人の男女はいきなり顔をしかめた。
「……やっぱ近くに来ると半端じゃないね」
「同じ大学に居て、今まで気付かなかったのが不思議だな」
話が理解出来ずに、和輝は優弥と舞の顔を見る。
優弥が彼の視線に気付くと、そのまま斜め前方の方角へ顎で指した。
二人の視線の先。校庭内に設置されたベンチの上。
居た。
丁度木陰の下で日光が遮断されているベンチに、目を閉じて座っている鈴鳥紗枝の姿が見える。
「ねぇねぇ、舞ちゃん」
シャツを引っ張られる感触に、舞は後ろに居た夏樹に振り向いた。
「さっきの話、本当?」
「うん? 籠飼君のこと?」
夏樹が頷く。
夏樹にしては何かを察したのか、小声で「その、最後に言ってた……」と少々聞き辛そうに顔を舞に近付けた。
「あー……うん、でも……」
「その話、私もちょっと興味有る」
まひろに聞かれていた事を知り、舞は暑さとは関係無く頬を赤らめた。
「もう! まひろも流してよ!」
宥めるように、まひろは微笑した。
この暑さの中で、彼女の穏やかな笑みは良い清涼剤に感じられる。少しは暑さが紛れそうで、和輝はそれをじっと見ていた。
「まぁ……どの道、後で話し合わないといけないし、涼める場所に行ってからにしましょうか。こんな所で話し込んでたら焼けちゃいそう」
六人は顔を見合わせて互いに頷き合う。今の目標は目の前だ。
「鈴鳥さん、どうしたの?」
最初にまひろが歩み寄る。
「何か、気になる事でもあった?」
鈴鳥は、まひろの声で覚醒したかの様に閉じた瞼を見開いた。
彼女の目は、まひろから順に六人を彷徨っている。
「あ……み、皆さん……いえ、ちょっと休憩を……」
振り向いたまひろと和輝の目が合った。互いの感想は『こんな所で?』だ。
「皆さんこそ、お帰りですか……あれ、そちらの方は?」
鈴鳥の視線が夏樹に留まる。首を少しだけ傾けた顔は「さっき居ましたっけ?」と言っていた。
五人の顔に暑さとは関係の無い別の汗が流れる。どう説明したものか。
夏樹が裸足である理由は、暑いから、で何とか誤魔化そう。
「あ、私ですか?」
当の本人は、五人に考える暇も与えずに即座に反応して見せた。
「森崎夏樹です! 大学生じゃないですけど、私、幽……」
「俺の従妹なんだ!」
「……霊、なんです」
咄嗟に和輝が制止に入るも、弱々しい語尾で言い切られてしまった。
何でだ。俺が間に入った後にちょっと間が有っただろ。と、和輝の眉が痙攣する。
鈴鳥は「はい?」と少しだった小首を今度は大きく傾けた。
ここは強引に押し切るしかない。でなければ、話が横道に逸れて行きそうだ。
和輝は無意識に拳を握り締めて、鈴鳥に改まった。
「従妹なんだよ、俺の。隠れん坊が好きでさぁ! きょ、今日は休みで……えぇと、大学見たいって言うからちょっと連れて来たんだ!」
自分でも言いたい事が取っ散らかってるのが良く解る。慣れない嘘は吐くもんじゃないなと、和輝は言いながらに思った。
背後で「従妹だって、可愛いねぇ」「妹じゃ駄目だったのか」「クッソー……俺もなりてぇなぁ、可愛い従妹の兄貴」という小声が聞こえて、和輝は青筋が立ちそうになる。そんな会話に反応する訳にもいかず、目が合っている鈴鳥に向かって青筋を見せる事も出来ないので、和輝は引き攣った笑みで必死に誤魔化した。
「はぁ……あんまり、関係者以外を入れるのはどうかと思いますけど……」
ごもっともである。
だが、咄嗟にしては、というより咄嗟にそれしか出て来なかったのだ。仕方が無い。
「えぇと、私に何か御用ですか?」
ベンチに座ったままの鈴鳥は、六人を見上げながら訊ねた。
「いえ、用って程じゃないんだけど……」
まひろが応えている間に、和輝は後ろから指先で肩を叩かれた感触がした。
顔だけ後ろにやってみると、優弥が黙って真後ろに立っている。
一瞬だけ目が合い、優弥の視線は鈴鳥に向かった。
行け、という合図の様だ。
それは勿論、東棟内で優弥が話した『作戦』を開始する合図だった。
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