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「恋のお呪い……」

 棟内の階段を、一段ずつ時間を掛けて下りながら夏樹はまひろの言葉を復唱した。

「えぇ、その人からのお願いは……要約すると『好きな人が出来たから、繋がりが出来るか想いが成就されるお呪いを教えて欲しい』ってもの」

 数段先で、まひろは同じペースで階段を下りている。

「そーんな簡単に結ばれる方法なんて有んのかねぇ」

 瞬は困ったように眉を寄せて言った。

 その後ろで、和輝は思いつく限りの『お呪い』を思い出している。

 消しゴムの、カバーで見えない部分に好きな人の名前を書いて持ち歩く。パワーストーン。最近だとSNSを利用した現代的なものも有ったか。

 どれも学生の間で行われているような、信憑性の低いものだ。鈴鳥が欲しているのは、きっとそんな何処かで聞き覚えが有るものではないのだろう。

「ちなみに夏樹ちゃんは、そういうのに心当たりは?」

 まひろに訊ねられ、夏樹は暫し真剣な顔で悩みながら顎に手を当てた。

「……無いッスねぇ」

 いつの間にかサークルの一員のように混じっている夏樹は、和輝と同じような結論に至った様子で唸った。

「逆にまひろさんは何か知らないの?」

 そのまま訊き返されて、まひろは苦笑する。

「私達は『体験』するのは得意だけど『調査』は二の次なのよねぇ」

「逆だろ」

 呆れて優弥が首を振った。

 負けじと、まひろは涼しい笑みを浮かべたまま彼に返した。

「あら、別に全くしないなんて事はないわよ。肝試しの時だって、ちゃあんと事前に現地の写真撮ってたでしょう? ねぇ、舞」

 しかし、舞からの応答が聞こえない。

「本条さん? どうしたの、その……」

 舞は先程の写真の内の一枚、籠飼翔の写真をじっと見つめたまま押し黙っている。

 あまりに真剣な顔つきだった故、様子を訊こうとした和輝も言葉を失ってしまった。

「何だ、一目惚れか?」

 からかう様に、優弥が鼻先で笑った。

「面白そうな話だが、関係がややこしくなるぞ」

 それでも良いならお前の好きにすると良いさ。

 そんな風にも取れる言葉を言い終わり、優弥は一番最初に階段の底へ足を着けた。

「アタシ、やっぱりこの人知ってる」

 瞬が棟の扉に手を掛けたと同時に、舞は急に口を動かした。

「籠飼君でしょ。別の大学の人」

「舞ちゃん、知り合いなの?」

 舞の発言に気を取られ、瞬は扉の解放が疎かになっている。

 中途半端に開かれた扉から侵入したうだるような熱風が、和輝達の身体を撫ぜた。

「知り合いって程じゃないけど……高校の時の先輩で、バスケ部に居て……」

 口籠る舞を尻目に、痺れを切らした優弥が力を込めて扉を押した。

 瞬がつんのめって転び掛け、油の切れた鉄扉が古めかしい音を立てて垂直に開く。

 その音に掻き消されるように「……アタシの好きだったヒト」と舞が口を尖らせて小さく付け加えた。

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