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まひろは、取り出した二枚の写真をローテーブルの上に並べ、自身は部屋の中央奥に在る机の上に腰掛けた。
「わざわざ現像したのか?」
と優弥。置かれた写真を真逆の方向から見下ろしている。
「そんな訳無いじゃない。あの子が持ってきたのよ」
「そう言えばアタシ、良く見てなかったんだよね。何の写真?」
片方の写真には、バスケットボールの試合中と思われる光景が映っている。
ピントのぼやけた選手達と別に、一人の男が写真の中央でボールを片手に躍動感の有る姿勢で汗を流していた。
優弥には及ばない、というのは身内の贔屓かもしれないが、綺麗な顔の輪郭に迸っている汗。ゴールポストを狙っている眼光は鋭く、ユニフォームから露出している腕は太くも細くもない。
好青年。この一枚の写真から見る彼は、そんな言葉が似合っている。
「お相手よ。彼女の」
「こっちは?」
瞬は流れるように、傍に置かれたもう一枚にも目を通した。
二枚目に映っていたのは、上目遣いで正面を向いた鈴鳥紗枝のバストアップ写真。片手を前面に突き出して、彼女自身は写真の端っこに寄っている。
「ツーショット写真……なんだって」
「ツーショット、ってこれ……」
和輝はまひろの言葉を確かめるように、二枚目の写真に対してあらゆる角度から吟味した。
どう見たって鈴鳥がメインだ。むしろ彼女以外は背景しか映っていないように見える。しかも、映っている場所が木陰なのかやけに暗い。
鈴鳥が向かって右端に寄っている為、不自然に左側にスペースが出来ているが、ツーショットと呼ぶにはそのスペースに居るべき人物は映っていない。
「自撮りの間違いじゃないのか……?」
難しい間違い探しにでも挑戦する気迫で、優弥も目を皿にしている。
薄暗い木々の下で突き出された鈴鳥の手には、カメラが掲げられているのだろう。
遠慮がちに右端にずれているのは、空いたスペースに何かを入れたかったから?
和輝は動かない鈴鳥の左側に眼球を集中させた。
木々の向こう側は明るい陽射しの下に晒されている。
「これ、か……?」
優弥と同じく、逆側から覗き見ていた瞬が呟いて写真の正面に回り込む。
その日差しの中。鈴鳥よりも遠く遠く離れた写真の奥に、人間の形と思しき何かが存在している。
「あ、携帯でも送って貰ったから拡大出来るわよ」
まひろはそう言うと、自身の端末を弄り出して皆に見せつける。
瞬が気付いた場所を拡大してみると、そこには一枚目の写真で汗を流す男が映っている……ような、いないような。
拡大され過ぎて画像が荒く、判別に難しい。背格好はそんな感じがする。
優弥は眉間に皺を寄せたまま中途半端に口を開け、まひろの携帯、一枚目の男、二枚目の写真奥の順にもう一度目を通した。
「……点じゃねーか!!」
どれだけ見ても本人とは断定出来ない二枚目の写真に向かって、優弥の声がうねりを上げた。
豆粒と言い換えても良い。
遠近法だとかその程度のレベルではなく、どこぞのSNSにでもアップロードする自撮り風景画と言われた方が何ら違和感が無い。
「私もそう思ったんだけど、本人は言って聞かないし」
鈴鳥紗枝の性格が何となく解ってきた気がする。
臆病で控えめ。少なくとも、自分からどんどん異性に声を掛けられるタイプではない。
写真も現物の彼女も常に顔が下を向いている。自信の無さが表面に出て来たかのようだ。
自ら行動を起こしたかと思えば、おおよそ直線的な解決には導けないだろうサークルに
これは、大変だぞ。色々と。
色恋沙汰の経験も無い和輝が神妙な表情で息を漏らそうとした、その時だった。
五人の耳に、部屋の奥に据え付けられた窓に何かが叩きつけられるような強烈な音が聞こえたのは。
「何だ!?」
音だけではない。確かに窓そのものも揺れた。
五人が跳ねる様に窓へ向く。だが、何も無い。
写真に集中していた優弥と舞、窓に背を向けていたまひろを除いて、それに最初に気付いていたのは目をパチクリさせて顔を上げている瞬と、今後の対応に悩んでソファに仰け反った和輝の二人だった。
和輝は見間違いか眼球の酷使かと思い、目を擦る。
いや、いやいやいや。そんな訳が無い。
三階だぞ、ここは。
その前に、この部屋は現在閉め切っているのだ。入って来られる筈も無い。扉は開けなければ問題無い。
「お、イケメンさんですねー」
そんな和輝の小さな希望は、場にそぐわない、のほほんとした声で儚くも崩れ去った。
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