P.77

 覚悟はしていた。

 それは何故か。

 部屋に入るなり、浮かない顔の女性二人が目に入ったからだ。

 その前に、和輝達が部屋を出てから十分と経たずに出て来た彼女を見て、変だと思うべきではあった。

 鈴鳥が出て来てからの話に戻るが、彼女は最後に和輝達に丁寧に頭を下げると姿勢正しく学棟を降りて行ってしまった。

 ちなみにこの段階で、優弥の言うところの『作戦』第一段階は失敗に終わっている。

 大した事では無いものの、意識をすると難しい。

 それより目下の問題は、この沈痛な空気を払う一握りの勇気を持つ事だった。

「あの……」

 鈴鳥が来る前とは打って変わって沈み切った雰囲気を纏うまひろに、和輝は弱々しくその勇気を振り絞る。

「それで、何だったんです? 依頼って」

 まひろは、握り締めた拳を口に当ててずっと考え込んでいた。

 声を掛けられるまで、和輝が居る事すら認知していない様に見えた。それ程までの事が、あの数分間の内に起こったという事だ。

「あのね……」

 いつもの涼し気な声に陰りが見える。

 次にまひろが告げた内容に、三人が驚くのにそう時間は掛からなかった。


「……恋愛相談ンン!?」

 心の内に隠し切れなかったのは和輝だが、これには然しもの優弥も表情筋を歪ませた。

「そー……どうすれば良い? 城戸君」

「いや、それは本当に俺に訊かれてもな……」

 男子だけ追い出されたのは、要するに恥ずかしかったという事か。

 疑問なのは、何故『オカルト・ミステリー相談研究会』にまで来てその相談なのか、というところだ。

「まひろの広告が悪かったんだってぇ……」

「広告?」

 ローテーブルに突っ伏した舞が、差し出す様にして両手を付きだしている。その手には、二つ折りのカバーが付けられた携帯端末が淡い光を発していた。

 舞の言葉の一つに興味を抱いた瞬が、早速その画面を覗き込んでいる。

 無防備に晒された画面からは『心霊現象、不可思議な体験、身近な悩みまで何でもご相談下さい!!』と書かれた丸っこいフォントの字が、殺風景な白の背景の上でデカデカと表示されているサイトが和輝の目にも入った。

「だって……まさか『恋のお呪いとか教えて下さい』なんて来るとは思わないでしょ?」

「それにしても……」

 和輝は続ける言葉に悩んだ。

 初めての依頼に肩透かしを喰らったのだ。慰めておきたい。

 今まで習った言語の引き出しを全て開けて出て来たのは、そんな気持ちに逆らった一言だった。

「……シンプル、ですね」

「詐欺サイトの方が丁寧だぞ、これじゃ」

 容赦無く優弥が追撃した。

「私、苦手なのよね……こういうの」

「フリー素材とか……何か、無かったんスか……?」

 瞬も苦笑いで画面からまひろへと視線を移した。

 鈴鳥紗枝の相談事。

 それは恐らくこの一文の最後の方、即ち『身近な悩みまで――』を過信しての来訪だったのだと思われる。

「で、どうするんだ?」

 優弥は事も無げに質問した。

 心なしか、先程より顔に光が戻っている気がする。

「どうする……って」

 舞は携帯をショートデニムのポケットに仕舞い込んで、小さく溜息を吐いた。

「アタシ、てっきりアレだと思ってたからさぁ」

 優弥は頷く。

「奇遇だな。俺もソレだと思ってた」

 何の話だ、と思った和輝だが、直前に優弥が言っていた背後霊の話が頭に蘇った。舞と二人で話が噛み合っているなら、アレとソレはその事を指しているのだと伺えた。

「そうねぇ」

 困り果てた様に眉を寄せて、まひろは二枚の写真を取り出した。

「一応『調べてみる』って言っちゃったし……折角来てくれたのを無下にも出来ないし。内容だけでも聞いてみる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る