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 まひろが自分の鞄から、慌てて黒く薄い四角形の板を取り出した。

 不思議そうに和輝がそれを見ていると、まひろは二つ折りにされていた板を開いて中を覗き込んでいる。

 そして目元、前髪、口元と念入りなチェックをし始めた。

「……あれ。迎えに行くんじゃあ……」

 和輝から視線を送られているのには気付いていない様子のまひろは、自分の輪郭を映し出しているであろうその板から一時も目を離さずに、熱心な支度を整えながら返答する。

「あぁ、うん。ちょっと待ってね」

 デートにでも行くつもりか。

 呆れた様な目線に変わった和輝に、舞はテーブルの中央まで身を乗り出すと自分の口元に手を添えて「ほら、初めてのお客さんだから……さ」と小声で囁いた。

 一方の和輝は、そんな事を言われても表情を変えるつもりは無い。

 まだ依頼内容も聞いていないのに、何をそんなに入念になっているのか。期待している分、後で外れた時のショックは大きいぞ、と。

 そう言えば、依頼とは一体何なのだろうか。

 こんな怪し気なサークルに来る位だ。きっと勉強の成果が出ないだとか、気軽なものでは無いとは思うが。

 だが和輝のそんな疑問は、次の瞬の言葉で一気に解消される事になる。

「でもさぁ」

 何処を見ているのか、和輝は瞬の視線を追うと年代の入った天井に辿り着いた。

 そこに何が有る訳でも無い。彼にとってもただ見上げただけだし、今から自分が言う事も何の気無しだったに違い無い。

「優弥ちゃんがそんな反応してるって事は……って事?」

 皆の動きがはたと止まる。

 優弥が、閉じているように見える口の隙間から、小さく長い息を吸い込んでいる音が聞こえた。

 そうだ、その通りだ。

 夏樹への懸念で頭が一杯だった和輝に光明が差し込む。

(……要らん事言わなきゃ良かった)

 優弥の脳内を代弁するなら、まさにそんな後悔の台詞が出てきそうな顔をしている。

 瞳を閉じてスキニーパンツのポケットに手を突っ込んだ優弥は、覚悟を決めた面持ちで携帯電話を取り出した。

 これは、出るぞ。

 肝試しの時には出なかった、優弥の得意技が。

 優弥の切れ長の瞳が開く。同時に携帯を持った指も動いた。

「……おっと、バイト先から電話が……」

 優弥がソファから立ち上がる。身体はもう部屋の出入り口に前のめりだ。

 瞬間、四人の影が一斉に優弥に飛び掛かった。

「痛ててててて!! おい、服を引っ張んな! 伸びるだろうが!」

 そんな叫びにも容赦は無い。舞に至っては優弥の前に回り込んで突っ張り棒の様に押し返している。

「待って、お願い待って城戸君、ちょっとだけで良いから!」

「お前の服なんていっつも伸び切ってるだろーが!!」

「アタシだけじゃ不安過ぎるってば! 良いじゃんか幽霊の一つや二つ!」

「いやぁゴメンね優弥ちゃん? 二人が止めてるから俺も引っ張っとかないとさぁ」

「そんな他人事みた……あだッ!? 誰だ髪掴んでんの! 和輝か!? いや瞬か、瞬だな!? テメェ、後で覚えてろよ!」

 本気の声だ。多分本当にやり返される。

 故に和輝は、優弥の髪を掴んでいるのはまひろだという事は黙っておく事にした。

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