P.69
大学内、東校舎三階。
棟内に入ると今日が休日だったというのを改めて思い知らされる。
中に響く足音は二人の物以外一つとして聞こえて来ない。影にしてもそうだ。
自動消灯の天井ライトは、舞が踏み込むまで沈黙を保ったままだった。
入り口横の上り階段、その誰も居ない棟内を舞は一段飛ばしに上って行く。行先が三階である事を知った和輝はゆっくりその後を追った。
「お、相田君、ついて来てるー?」
和輝が二階の踊り場に足を掛けた時、真上から舞の顔がひょこっと現れた。
「ここの一番奥だからね! アタシ先に行ってるよー」
それじゃ先導の意味が無いな。
奥となると場所は限られるが、それでもそこまで狭い棟でもない。
舞の姿を見失うと迷子になりそうだ、と和輝も階段を上がる足を速めた。
「こっち!」
和輝が三階まで上ると、宣言通りに舞は廊下の奥から和輝に声を投げた。
彼女が立っている前には、入った事も無い部屋の扉が何者をも拒む様に閉ざされている。
和輝が自分の元に追いついた事を確認した舞は、扉の前で一つ咳ばらいを挟んだ。
中から音は聞こえない。
様子の見えない部屋の前、入る寸前になっての変な緊張感はこの歳になってもたじろいでしまう。
もし扉を開けて険悪な雰囲気だったらどうしようとか、そんな不安が過ぎるのだ。
しかし、舞はそんなものは杞憂だと言わんばかりに、右の拳を二回程思いっきり扉に叩きつけた。
「おはよー!」
かと思えば、中からの応答を待たずに引き戸の扉をスライドさせる。
そこで和輝は、自身の瞼が大きく開いたのを感じ取った。
「あら、もう『こんにちは』よ。舞」
最初に見えたのは部屋の奥。
窓際で背を向けていた女性が、優雅にこちらを振り返る姿だ。
「相田君も一緒だったのね」
スリムな服装に赤茶のポニーテールが小さく揺れる。
神谷まひろは、にこやかに舞と和輝に笑顔を向けた。
「まぁまぁ、そんな固い事言わない! 起きたのさっきなんだし、さ!」
舞はまひろの言う事など気にもせずに、小さなローテーブルを挟んで対面式に置かれている目の前のソファにどっかり腰を下ろした。
その隣には何かの雑誌を読み耽っている城戸優弥も座っている。彼は扉を開けた時、一瞬睨むような目つきで和輝を見上げた後、何を言う訳でもなくすぐに雑誌へ視線を戻した。
二人掛けのソファの片方が優弥と舞で埋まってしまった為、和輝はもう片方のソファに座る。
そして、彼の隣で自分の家のように寛いだ体勢で携帯端末を弄って座っている男に声を掛けた。
「何で皆集まってんだ?」
和輝の隣に座っていた男は、携帯端末から手を離して和輝に顔を向ける。
「あれ、俺言ってなかったっけ?」
呑気に御堂瞬が訊き返した。
それを弄っているなら返信くらいしろよ、と和輝は多少苛立った。
「まぁ俺も詳しい話は聞いてないんだけどさ。何だっけ、まひろさん」
まひろが窓際からこちらへじっくりと歩を詰めて来る。
「ふふ……皆、驚くわよ」
それだけしか言わないまひろの顔を、瞬は何事かとずっと見上げた。
和輝は良い予感はせずに、まひろよりも瞬を心配して彼の方に目を向けた。
「その前にさ」
舞が両手の平を打ち付けて鳴らす。
その音で、雑誌に集中していた優弥の身体が少しだけ跳ねたのを和輝は見た。
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