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徐々に強まる日差しの下、和輝は閑散とした大学内に足を踏み入れた。
予想はしていたが、人影なんて殆ど無い。
休日の大学は基本的に施錠されている。
空いた部屋を使いたければ、事前に講師に許可を貰う他に無い。
見回したところ瞬と思しき人影も見当たらず、居るとすれば構内の何処かだろうと、和輝は取り敢えず彼へ到着した事をデジタル文章で伝え、いつも自分が受講している教室辺りから探してみる事にした。
「おー、広いですねー。和輝さん
一言余計だな、と和輝の眉間が動く。
「私、ちょっと見て周って良いですか?」
言い終わる前に、夏樹は落ち着かない視線でフラフラと旅立って行く。
そんなに興味をそそる場所だろうか。お祭りの屋台に来た子供の様だ。
幸いにして今日は人と出会う可能性は少ない。もし見つかっても生きている人間と遜色無い夏樹の容姿なら、女の子が迷い込んだくらいに思われるだろう。
「あんまり遠くへ行くなよー!」
既に大声を出さなければ届かない距離に居る夏樹は、声の代わりに大きく手を振って返事をした。
それを見届けて、和輝ははたと宙を見つめた。
遠くへは行って欲しいんじゃないか?
その相談をする為に重い足腰を奮い立たせて、はるばる大学までやって来たのだ。
思えば、別に行先は大学じゃなくても良さそうなものだ。
怪談話に良く出て来るようなお寺や神社。真っ先に行くならそういう所だ。
それすら出て来なかったのは何故だろうか。
一つ、和輝が思うに。夏樹の見た目がそうさせているのだと考える。
汚れの無い白いワンピース、陽気な口調、生きている人間と変わらない肉付き。
幽霊だからと言って浮遊している訳でもなく、二本の足をちゃんと地面に着けて歩行している。
何処からどう見ても、見ただけでは普通の女の子だ。今のところは特に悪意も感じられない。
それが和輝にとって、幽霊を幽霊と思わざる原因になっていた。
それ故、これは神社に行く程の案件ではない。お寺にお世話になるような事態ではないと無意識に排除したらしい。
「……ん?」
和輝は自分の考えに浸る内、ある一点に気が付いた。主に夏樹の容姿に。
「ヤバい、アイツ裸足だ!」
誰にともなく和輝は焦りの声を出した。
昨夜の墓地でもそうだった。夏樹はあの整備の行き届いていないような公園跡の墓地で、何故か素足で現れたのだ。
家に居る時は違和感が無かったから気付かなかった。
それは誰がどう見たっておかしい。
見た目が少女は良い。変にちょっかいを出さなければ何かをする事も無いだろう。
だが昼間の大学に何も履いていない女の子が、それも「私は幽霊です!」なんて言いながら存在するのは明らかに、色んな意味で危ない。
今すぐ追い掛けよう。
追い掛けてどうにかなるとも思えないが、幽霊なら靴くらい生やせないものだろうか。
などと幽霊に対して都合の良い能力を思い浮かべた和輝は、夏樹の行先を探った。
「よーっす、相田っち。昨日ぶり!」
背後からの爛漫な声に、和輝の思考が吹っ飛ぶ。
「……ん? 違うな、日付変わってたから今日ぶり?」
「本条さん!?」
振り向いた目の前に立っていたのは、小難しい顔をして小首を傾げる本条舞だった。
相変わらずのショートデニムに縞模様のシャツ。身軽なのが好きなのだろうか。
「本条さんも来てたのか……」
「なぁにぃ? アタシが来てちゃダメだったワケ?」
両手を腰に当てて、舞が前のめりに詰める。元々和輝の肩くらいまでの身長が、一気にお腹の辺りまで下がった。
「いや、あんな事があった日の昼だろ? 外に出るより寝てたくないか?」
言いながら、和輝は自分で言っている事がおかしいというのには気付いていた。和輝にもそっくりそのまま同じ質問が出来るからだ。
「いやぁ、そうなんだけどさー……」
舞は、また首を捻りながら何かを逡巡している様子だった。
「あのさ、相田君。あの後から何かなかった?」
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