P.65

『一時間後に大学に集合!!』

 短く綴られた文章。エクスクラメーションマークが絵文字になっているのもいつも通りだ。そこに異を唱える余地は無い。

 文面以外は。

「一時間後……?」

 和輝は携帯に表示されている時刻に目線を動かした。

 今から一時間後となると、午後二時を過ぎる頃だ。

 そんな時間に大学で何の用事なのだろう。

 ともあれ、昨夜の事があってのこの連絡だ。その事について何か判明した可能性が有る。

 和輝は画面から真後ろの幽霊へと顔を向けた。

 夏樹は不思議そうに和輝の携帯端末の中を覗いている。まるで初めてお目に掛かる代物の様に。

 こいつの事を相談出来る機会なのか。

 和輝は端末を片手に颯爽と立ち上がり。

(いやでも、瞬に……?)

 そこで動きを止めた。

 立ったまま動かなくなってしまった和輝の目の前に、ふわりと黒髪が棚引いた。

「どっか行くんですか!?」

 やけに興奮気味だ。

 外出用の上着を取りに行った和輝は、嫌な予感がして行先を告げずに振り返った。

「……ついて来んなよ?」

 釘は刺してみたが、既に彼女は外行き気分の様子だ。

 相談しに行くのは良しとして、アイツが自分と幽霊が一緒に居る所を見たらどう思うだろうか。

 悩み顔のままで、和輝はそれでも薄い上着を羽織った。

 どれだけ考えても、バレバレな引き攣り笑顔で距離を置く、か友達解消。その二択しか浮かばない。

 それでも、和輝は誰かにこの現状を報告せずにはいられなかった。

 それが一つの交友関係を終わらせる結果になったとしても、こうなった原因を打開出来る道が見えて来るかもしれない。

 和輝は先程、自分自身で考えた事をその身に感じていた。

 こういう時にこそ、優弥や舞に連絡を取るべきだ。

 霊が視える二人、それと知識の有りそうなまひろ辺りなら何か解決策を持ち合わせている可能性が高い。瞬よりかは。

 けれども、和輝はたまたまそうであったが、あのドタバタ劇から半日と経たずにして起床している確率は低いように思う。そんな二人に急な連絡を送り付けるのは、何だか気が引けた。

 そもそも舞は連絡先すら存じていない。

(いや、待てよ……?)

 和輝の頭上に電球が光る。

 瞬は舞かまひろと連絡を取り合ってあの肝試しを企画した筈だ。アイツに訊けばどちらかでも連絡先が判りそうだ。

 二人の連絡先を知りたがった和輝に下心などは微塵も無い。

 早急にまともに相談出来る相手が欲しかったのと、本当に何となくだが、優弥よりも早い返事を期待出来そうだったのがそうさせたのだ。

 携帯電話と長財布。かなり身軽な手荷物ではあるがこれで良い。

「お! 買い物ですか?」

「学校だ」

 玄関を開けた和輝はこのまま夏樹だけ閉じ込めてしまおうかと思い立ったが、それが出来てしまった場合に帰宅した瞬間何をされるか解ったもんじゃないなとすぐに諦めた。

 この、ごく短期間の中で解った事は、大人しくしていろよ、と言って素直に「はい」と頷く奴ではないという事だ。

「じゃあ、行って来まーす!」

「俺ン、だ!」

 こうして、相田和輝と森崎夏樹の短い短い旅が始まるのだった。

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