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「まぁそれは冗談として」
自分の言葉が言い終わると同時に夏樹は言い改める。
「何処かに惹かれる部分が有ったんですよねぇ。ほら、磁石みたいな」
「それ説明になってんのか?」
理由にしては強引だな、と和輝は感じる。
それ故に呆れ顔もして見せたが、目の前の少女にはそれが効かない事も何となく察してしまった。
「惹かれ合うS極同士、みたいな!?」
夏樹は自信満々に言い放った。上手い事を言ったつもりか。
「反発してんぞ」
「オムライスにケチャップみたいな!」
これに関してはただの個人差だ。
「磁石で良いから戻って来い」
冷静に返し終えた和輝は、一先ずベッドから降りる事にした。
このまま言い合いをしていても埒が明かない。気がする。
であるなら、先にやるべきは自分の整理だ。
「何処に行くんですか?」
夏樹は、自分の目の前を通り過ぎて箪笥の中を漁りだした和輝に訊ねた。
「シャワーだよ! お前に追いかけられっぱなしでそのまま寝ちゃったからな」
「うへぇ、汚ぁ」
「誰のせいだ」
下着、シャツ、タオル。
一通り両手に鷲掴んで洗面所へ向かった和輝は、何故かすぐ後ろに気配を感じた。
振り向く。目が合う。疑問しかない。
「……何でついて来てんだ?」
「あ、いえ。やっぱりお邪魔出来ない感じですかね?」
「出来る訳……」
手荷物を棚の上に勢い良く置いた和輝は、洗面所の引き戸を思いっ切り握った。
「ねーだろ!!」
壊れんばかりの速さで、和輝と夏樹の間に扉がスライドした。
「冗談です……」
夏樹の言葉は閉まった拍子の音に紛れて掻き消えてしまった。
磨硝子でも何でもない視界遮断の為の扉だ。
こうなっては、向こう側からの微かな音しか情報が入らない。
暇だ。と夏樹は天井を見上げた。声に出したところで汗を流すまでは出て来ないだろう。
ならば家探しだ。と夏樹は思った。
大人しく待っていよう、とは思わなかった。
夏樹は目ぼしい物を探して辺りを見回してみた。
乗り込んでみた相田和輝の部屋は、まさに男の一人暮らし、といった感じだった。
玄関に入って正面と左右に扉。正面はそのままリビングに繋がっていて、右はトイレ、左は洗面所。
(あまり広くはないなぁ……)
リビングへの扉を抜けると、すぐ左に中型の冷蔵庫が佇む。コンロも有るからここがキッチンだ。
何の気無しに冷蔵庫の中を覗いてみたが、これといった食材が入っていない。ジュースや使い掛けの調味料が冷やされている。
試しに下段の冷凍庫を開けてみると、冷凍食品がギッチリと詰まっていた。
基本的な食事はこれなのだろうと初訪問の夏樹でも察しがつく。
冷蔵庫の上に乗っかっている電子レンジは、ほぼ毎日稼働しているに違いない。
そのキッチンから見渡せるリビングには、極めて質素な物しか置かれていなかった。
テレビ、クッション、丸テーブル、ベッドに本棚。
何と味気無い部屋なのだろう、と夏樹は勝手に落胆した。
本棚を上から下まで見ても『面白そうな』タイトルは一冊も無い。
次に定番のベッドの下を覗いてみたが、定番の物は存在しなかった。
一息吐いて、夏樹はベッドに座る事にした。
購入したばかりだろうか。弾力が心地良い。
そのまま横になってみる。うん、矢張り良い。いつもの土の上とは大違いだ。
微睡んでくる瞼の中で、夏樹はベッドの反対側の壁が押し入れになっている事に気付いた。
(お、あそこに何か有りそうですね……)
しかし、ベッドの魔力から離れられない。
次第に身体から力が抜けていくのを感じた彼女は。
「おい」
シャワーを終えた和輝に、ベッドの枕をそのまま顔面に叩きつけられたのであった。
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