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相田和輝は至って平凡な青年だった。
小さい頃になにかを視たことなどは無い。
何かの異世界めいた能力を持っているのかと問われれば、そんなことは全く無い。
地元でも平均より少し下と言われる高校を卒業し、同じくらいの評価の大学にこの春入学した。
入学するにあたって少し明るくなった髪色も、そろそろ染め直そうかと考えている。
最初は整えていた癖毛も、段々日が経つにつれて気にするのが面倒になった。
怠そうな顔は昔からだが、最近は更に酷くなった気がする。
彼女だって一人として出来た試しが無い。
それもこれも大学という新しい出会いの場と、一人暮らしの新生活に浮かれ切っていたからだろう。
そろそろ慣れていかなければならない。
いや、むしろ慣れて来たからこそこんな状態なのか。
だが和輝は、以上の事についてはやっぱり然程悩んではいなかった。
別に煌びやかな人生じゃなくたって良いのだ。
変に悪目立ちするよりも平凡に、それとなく過ごせればそれでいい。そのついでにちょっと楽しい友人達に出会えれば充分だ。
相田和輝は平凡な男だった。本人もそこに大した不満は無かった。
そう。平凡、だった筈なのに。
「……昼」
未だ使用感の少ないシングルベッドとヨレヨレの掛け布団の上で、和輝は窓から差し込む日光に当てられて目を覚ました。
窓際にベッドを置いたのは失敗だったかと起きる度に思ってしまう。
光を嫌う吸血鬼のように身を
手繰り寄せて見てみれば、時刻は疾うに正午を過ぎていた。
昨夜から約半日。
一日の時間として考えたら寝過ぎたし、昨夜の出来事から眠っていた時間からすればまだ寝たりないような、体感時間の狂う妙な感覚で頭と身体が怠い。
兎も角、和輝はベッドの上で踏ん張って上半身だけでも起き上がらせる事にした。
帰ってそのまま寝てしまった身体が異常にべた付く。シャワーを浴びなければ。
「あ、おはよう御座います!」
そうだ、携帯の充電もしていなかった。
使う場面が少ないのでまだ保っているだろうが。
「あぁ、おはよー……」
寝ぼけた頭でボトムスに入れたままの携帯電話を取り出し、和輝は固まった。
今、何に返事したんだ?
やけに元気の良い挨拶。聞き覚えが有る。
と言うより、聞き覚えしか無い。
和輝は声のした真横に恐る恐る首を回した。
「どうも!」
快活な少女の声が今一度和輝の耳を刺激する。
「いや『どうも!』じゃねぇよ馬鹿野郎!」
「ひあッ!?」
一瞬で眠気が吹き飛んだ。
ついでに手に持っていた携帯電話も吹き飛んだ。
吹き飛んだは大袈裟だった。いや、かなり大袈裟だった。
和輝の手から滑り落ちた携帯が床に直撃する。
突然の咆哮に押された少女は身体を丸めて後ろに退いた。
「な……」
かと思いきや、今度は身体を震わせてこちらを睨めつけている。
「何でそんな怒ってんですかァッ!?」
これが噂に聞く『逆ギレ』というヤツだろうか。
いやそんな訳は無い。どう考えたって怒りは正当な筈だ。
「お、ま、え、の、せいだろうが!! 何でホントに来ちゃってんの!? しかもこんな真っ昼間から!」
勢いで『せめて夜に来いよ!』と言い掛けてしまったが、咄嗟に飲み込んだ。来るんじゃない。
別れの際にもハッキリ断った。が、ここまで堂々とされるとちょっと不安になってきた。
和輝は起きて早々に頭を抱える。
一体何がどうしてこんな事になったのか。
昨夜出遭った墓場の住人、幽霊少女の森崎夏樹は和輝の目の前でチョコンと座って不思議そうに彼を見つめていた。
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