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帰りの車内は、行きと違う静けさで包まれていた。
勿論肉体的な疲労によるところが大きいが、精神的にもどっと疲れが押し寄せた気がする。
和輝は携帯端末に指を置き、現在の時刻を確認してみる。
午前四時三十六分。
あの墓地に行ってまだ二時間程しか経っていなかった事実に、深く深く、そしてなるべく車内に響かないような息を吐いた。
ふくらはぎは強張り、足の裏が万遍なく痛い。
こんな中でもペダルを踏まなければいけない優弥には、申し訳無さも感じてしまう。
誰の声も聞こえない車内に、ウインカーの定期的なリズムが心地良く鳴っていた。
行きの記憶を蘇らせた和輝は、この音があと一、二回鳴れば終着が近い事を思い出し、今一度後部座席のシートに深く腰を据えた。
身体は疲れ切っているのに、妙に頭だけ冴えている。
和輝は目的地に辿り着くほんの少しの間で、つい数十分前までの出来事を思い返していた。
森崎夏樹。
一体何者だったのだろう。
ビデオや観た時や直面した井戸から這い出て来た時の、不穏な雰囲気からは予想も出来ない朗らかさだった。
見た目は十四、十五……和輝達よりは若い年齢に思える。
記憶喪失という謎は残ったままになったが、大体からして幽霊自体が謎なのだ。そこは深く考えないでおこう。
謎と言うなら、根本的な部分で一度考えを止めなければならない。
「アイツ、ホントに幽霊だったのかな」
後部座席の左ドアに寄り掛かって和輝は呟いた。
古臭い考えかもしれないが、森崎夏樹には足が有った。ちゃんと二足で歩行していた。
夏樹本人は『幽霊』だと自信満々に申し出ていたが、それも自称に過ぎない。
目に光も宿っていたし、まひろは直接手に触れもした。死んでいる感じがしなかった。
何処からどう見ても普通の少女だったのだ。
けれどそうだったとして、何故あんな場所に普通の少女が一人きりで居たのか、それもそれで理解が出来ない。
それに、帰るとなってやけにあっさりと車に戻って来られたのも気になる。
あの後に起こった事と言えば、瞬の左足が攣って少し休憩を入れたくらいだ。
その間にも夏樹が姿を現す事は無かった。
律儀にも、別れを告げて本当にその場に留まったのだ。
霊的な存在と遭遇したならもっと危機的な状況、例えば最悪一人二人居なくなってもおかしくない覚悟をしていたが、直接対面した後は、いや、した後の方が皆怯えが治まっている。あれでは本当に世間話をしに行っただけだ。
幽霊にしては平穏過ぎた。それが和輝の率直な感想だった。
「舞達はどう思うの?」
和輝と真反対の位置からまひろが訊ねた。『達』と言ったが、対象は二人だろう。
二人は示し合わせたかのように、殆ど同じタイミングで口を開いた。
「本物」
「本物……」
舞を挟んでまひろが和輝に視線を送った。
「らしいわよ?」
二人して断言されたなら口を挟む余地は無い。
そうか、と和輝は背もたれにべったりと体重を預けた。
そこから自宅のアパートに戻るまでの間、実のところ和輝の記憶は曖昧だった。
何かを考えていたような、ただ薄ぼんやりと窓ガラスを眺めていたような。
最初に舞、そしてまひろの順でそれぞれの家の近くで降りていったのは覚えている。
助手席の瞬がなけなしの笑顔で二人に手を振っていたが、今頃は優弥に小突かれているだろうか。
三番目に下車した和輝は、最後の力を振り絞ってアパートの階段を一気に上がった。
所々錆びている階段の鉄の臭いを吸い込み、まるで数日間の外出後みたいな虚無感で玄関の鍵を回す。
今日という一日は始まったばかりだ。だのにもう動ける気がしない。
靴を脱いだ和輝は、そのまま誘われるかのようにフラフラとベッドに向かう。
あぁ、きっとこの日の事を忘れはしないだろうな。
そんな思考を最後にして、和輝はベッドに前のめりに倒れ込んだ。
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