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「あの時も和輝さん達が来たから井戸に隠れようとしたんですけど、本当に落っこちちゃいまして」
「じゃあ普段は……?」
優弥は顎を擦りながら問う。
生暖かい風が、引いてきた汗を優しくなぞった。
びしょ濡れになってしまった服が冷たく感じて来る。
「踏ん張ってます」
そんな和輝達と同じように湿らせた白のワンピースを軽く引っ張りながら、夏樹は答えた。
五人共、その光景を頭の中に思い浮かべる。
井戸の壁に両手両足を突っ張り棒のように押し付けて、いつ来るかとも知れない人間を待ち続ける幽霊。
何故そんな事をしているかと言うと、幽霊と言えども井戸の底に溜まった水で濡れたくはなかったからだろう。
とても辛そうだ。
「……それでお前、微妙に濡れてんのか」
自分で言いながら、和輝はふと心に引っ掛かるものを感じた。
あの井戸、今も使えるくらいの水量が有るのか。
ライトで照らして見た様子では、とても使用されているようには思えなかったが。
確かに、あの時見た記憶では蓋なども見当たらなかった。
「はい、あの時は必死で這い出て来たんですよ!」
それであんなに鬼気迫る登場の仕方をしたという訳か。
本来はもっとやんわりとした驚かせ方をしたかったのだろう夏樹は、恥ずかしそうにワンピースの先端を両手で握り締めて水分を落としていた。
あれは演技では無く、色んな意味で本気だったのだろう。
その迫力に五人共思わず逃げ出してしまったのだ。
そう考えると、和輝の脱力した身体にどっと疲れが押し寄せた。
無駄、だったのだ。
夏樹からすればそれも本望だったかもしれないのだが、本末転倒と言い換えてもいいだろう。
すると、まひろが一歩前に踏み出した。
彼女にはまだ疑問が残る部分が有る様で、頬に人差し指を添えて夏樹へと訊ねる姿勢を見せる。
「多分……貴女だと思う幽霊が映ってるビデオは何だったの?」
そうだった、と和輝はハッとする。
肝心のビデオテープ、それについても言及しておかなければ寝ても覚めても不安が残るばかりだ。
あのビデオに映っていた古井戸と巨樹は、何度思い返しても間違いなくあの場に在ったものだった。
偽物だとも思えない、とすれば、今日から毎夜呪いに怯えて過ごさなければならないのだろうか。
「あぁ、アレですね」
聞こえて来たのは、あっけらかんとした少女の声だった。
「あれは自作撮りです! 知り合いの幽霊に協力して貰いました!」
凄いでしょ、と言わんばかりに胸を張った幽霊に、和輝と瞬は気落ちした。
聞きたいのはそういう事では無かったのだが、ここで訊き直すのも気分が乗らない。
もし呪いが起こるかを訊いたとして「あ、モチロン有りますよ!」なんて言われた日には、例え煙たがられようとも優弥の家か、セクシャルハラスメントと叫ばれようが舞の家にでも居座ってやろうと思う。
瞬は早速、優弥の方にチラチラ視線を送っているようだ。
当の本人は全く気が付いていないが。
そんな和輝達の心配を他所にして、幽霊少女はフワリと跳んで手を合わせた。
「あれ、ビデオ越しに観てる人達が見えるんですよ! それで名前とか住所とか調べてたんです」
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