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とんだプライバシーの侵害である。
和輝が教えてもいない名前を呼ばれた理由は、そのビデオに有ったのだ。
そも、どうやって確認しているのかなどの疑問は続くが、そこは幽霊的な超常現象の一端として置いておくとしよう。
和輝にとって大事なのは呪いが有るかどうかであり、それさえ判ればこの場から立ち去る事を優先したかった。
その他の事はこれから訪れる夏休みの間にでもじっくり考えれば良い。
「ちょっと待って?」
一呼吸置いて、瞬の口から純粋な疑問の声音が出た。
「え、住所も?」
何か変なのか、と瞬を見ていた他の四人も、その質問で「あ」という単語が同時に出た。
例のビデオを観たのは瞬の自宅だ。
夏樹が言う『住所』も、恐らくはビデオを再生した場所を指しているだろう。
紛う事無く、御堂瞬の家を。
「はい! 処分される前にビデオの回収に行きますから、ヨロシクです!」
何をどう宜しくされるのかは定かでは無いが、宜しい想像だけは出来ない。
それまで夏樹と優弥の間を行ったり来たりだった瞬の視線が、優弥ただ一人に突き刺さっていた。
「あの、優弥……?」
にじり寄った砂利の音が一つ。
「知らん。元はと言えばお前が言い出した事だろ」
後退る砂利の音がもう一つ。
冷たくあしらわれた瞬は舞とまひろにも捨てられた子犬の様な視線を送るが、二人から返って来たのは乾いた笑顔だった。
「うーん……ビデオだけ家の前に置いといたら良いんじゃないかな」
間違っても自分が預かる、などとは言わない舞だが、提示した案は中々良いんじゃないか、と和輝は思う。
相対しなければ良い、という話であればだ。
「私が預かっても良いんだけど……」
悩ましい表情をして、まひろも提案する。
「結局バレてるのって御堂君の家な訳だし……ビデオの中身は解っちゃったから、帰ってまた観ようとは思わないのよねぇ」
非情だ。
それとも和輝と優弥を巻き込んだ運命か。
彼は当然の様に最後の一人に無言で視線を向けた。
「い、いや、俺だって観ないぞ」
「頼むってぇ……俺、呪いとかやだよぉ……」
精神が十歳前後退行してしまった瞬は、ここに来て情けなくも目を潤ませながら藁にも縋る。
必死に掴んで貰ったところ申し訳無いのだが、その藁が浮かぶ事は無い。
「三日くらい昼メシ奢るからさぁ……」
本気か。
三日分の昼食代と友人の命が同じ天秤に乗ると思っているのか。
一々溜息など吐きたくは無いが、親友のこんな痛々しい姿を目の当たりにすれば同情と侮蔑の息も漏れてしまう。
「あ、別にあのビデオは一週間経とうが一箇月経とうが害無いですよ」
身代わりの賛同者が出るまで
仕方が無いな、と言い掛けた和輝の母音がすぐさま変わる。
「何だって?」
今度は和輝を真っ直ぐに見て、夏樹はゆっくり口を動かす。
「あ、別にあのビデオは一週間経とうが一箇月経とうが害無いですよ」
聞こえなかった訳じゃない。馬鹿にしてるのか。
その一言で最後の憂いは晴れた。と同時に、あまりにあっけない物言いに和輝は立ち眩みすら感じた。
「ば……馬鹿らしい! もう帰るぞ!」
一人、先陣を切って踵を返す。
呪いも何も無いなら、ここに居る意味だって何も無い。
「もう……帰っちゃうんですか……?」
和輝の背中に、寂しそうな少女の声が突き刺さった。
声だけ聞くと和輝の額にも冷や汗が流れる。
なまじ普通の少女と見た目が変わらないだけに、真正面から別れを告げ難いのも確かだった。
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