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 井戸に来た人間を殺すつもりも無く、呪うつもりも無い。

 追い掛けて来たかと思えば、その理由は話がしたいだけだからだと言う。

 それならば、何故。

「でも、何であんなそれっぽいビデオに見せ掛けてたの?」

 和輝の疑問は舞によって代弁された。

 そうだ、人と話したいだけならあんなビデオを見せる必要は無い。

 むしろ大多数は観たら離れていきそうなものだ。

 今回この五人がこんな墓地の井戸に来たのだって、まひろが怪奇現象の類に興味をそそられる性格だったから成立した話である。

 まひろの様な物好きでなければ、そもそもこの時代に『ビデオ』を手に取る事すら難しいかもしれないし、中身を観たからといってこの墓地だと推測出来て辿り着く人間はもっと少ないのではなかろうか。

 要するに、皆が思ったのは目的に対して手段がマッチしていなくないか、という疑問だった。

「それはですねぇ……」

 夏樹は両腕を組んで頭を捻らせた。

「最初は和輝さん達みたいに、ここに肝試しに来た人なんかを驚かせてたんですけど」

「あんな井戸まで来る人、居るの?」

 訝し気に舞が問うた。

「年々減ってきちゃいまして」

「……世知辛い話だな」

 和輝は思わず同情した。

 ここに来るまでの墓達を思い返すとその言葉にも納得出来る。

 整備の行き届いていない道、好き放題に伸びた雑草。

 それだけ、ここに訪れる人間は少ないのだろう。

「それで、あのビデオを使って誘き寄せていた訳か」

 溜息混じりに優弥は呟く様な音量で言った。

「それで、効果は有った?」

 優しい口調でまひろが問う。

 近所の子供か姪っ子を相手にしている様だ。

 夏樹は、それに対して腕を組んだまま頭を振った。

 だろうな、と和輝も思う。

 敢えて口に出さなかったのは、和輝なりの優しさというやつだろう。

「折角あの井戸まで来ても、何かすぐに逃げてっちゃうんですよねぇ」

「そりゃまぁ……そうでしょうよ」

 あからさまに口数の減っていた瞬の口から、呆れとも取れる言葉が出た。

「こんな所に来る連中なんて『そうなる事』が目的だろうしさ。大体……」

 そこまで言って、瞬は大きく溜息を吐いた。

 つい先程までの事を思い出してしまったのだろう。

「……あんな追い掛けられ方されて、逃げない奴なんていねぇって」

 本当にそうだ。あの時は本気で命の危機を感じた。

 一番井戸に近い場所に居た瞬なら尚更であろう。

 あの時に今のような声を掛けてくれていたなら、もうちょっと状況は変わっていたかもしれない。

 もしあれも本気だったと言うのなら、恐らくだが夏樹の中では以下の様なルーティーンが組まれていたのだと思う。

 一、ビデオで人間を誘き寄せる。

 二、井戸に来た人間を驚かせる。

 三、驚かせた人間に目的を話して「実は怖くない幽霊なんですよ」とネタばらし(?)をする。

 四、仲良くなって友達になる。

 幽霊からのドッキリ企画というヤツだ。質が悪い。

 しかも相手は本物だ。企画が成功するのは奇跡に近い。

「それなんですけど」

 夏樹は急に照れたように笑いながら、右手を自身の頭の上に置いた。

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