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諦め半分な和輝の返答に対し、幽霊少女は真っ先に喜び両手を大きく広げた。
「やったぁ! お話し、してくれるんですね!」
そのまま踊り出しそうな幽霊の様子を見て、和輝はますます後に引けなくなってしまった。
兎に角、最も重要なのはこの幽霊の機嫌を損ねない事だ。
今更逃げられよう筈も無いし、あれだけ走って不意に出現されたのだから、逃げたところで追いつかれてしまうのは目に見えている。
万が一振り切る事が出来たとして、憑りつかれてその後の生活に支障が出ないとも言い切れない。
それなら、今ここでケリを着けておいた方が幾分かマシというものだ。
ただ、ここでケリを着けた後で生活に支障が出ないとも言い切れないのだが。
先の見えない二択。
なら、コイントスをする様に、自分の直感に従ってしまおう。
半分はその選択を委ねたお前らの責任だからな、と和輝は一度全員の顔を恨めし気に見渡した。
「あぁ、で……何?」
「何とは?」
幽霊が小首を傾げた。
「何か、誰かに伝えたい言葉でも有るワケ?」
和輝は、幽霊の言うところの『お話』を『遺言』か何かだと捉えた。
これだけ追い掛け回してまで所望していた事だ。
さぞかし恨みつらみの籠った強烈な呪いの言葉か、懺悔の台詞が出て来るに違いない。
違いなかった。思い込んでいた。彼女からの返答を待つこの五秒間くらいは。
幽霊少女は屈託の無い笑顔のまま、喉だけで疑問の音を鳴らすと真っすぐに和輝へ言ってのけた。
「無いですよ?」
今度は和輝が首を傾げる番だった。
無い。
無いとはどういう事だ。
それが有るから呼び止めたんじゃないのか。
「じゃあ、何かこの世に未練が有るとか?」
驚嘆など欠片も見せずに優弥が問う。
「ま、まさか怨念が有るとか!?」
まひろの興奮は相変わらずだ。
「誰かに殺されたとか!」
舞はクイズ番組の回答者の様に、声高らかに宣言した。
流れる様な三人の問いを経て、幽霊少女は一呼吸置いた後におずおずと言い難そうに、上目遣いで小さく答えを言った。
「あのぅ……私、皆さんと普通にお喋りしたかっただけなんですけど……」
皆、沈黙した。
それは、これまでの恐怖だとか緊張感とかから来る沈黙では無く、日常でも稀に見掛ける様なごく有り触れた沈黙であった。
つまりは、相手が幽霊だから気に障る返事は止めておこう。という事は微塵も関係無く。
何と返せば良いのか判らない。
これが今風の呪い方だとでも言うのか。
「い、いやいや……」
誰もが呆気に取られて立ち尽くす中で、和輝はようやく当然の惑いを口から出す事が出来た。
「幽霊と井戸端会議なんざ趣味ねぇぞ!?」
あんな所で人を襲っていた奴と一体何の話をしろと言うのだ。
そこまで考えて、和輝は気付く。いや、正確にはまだ襲われていないな、と。
まさか、本当に雑談したいが為にここまで追い掛けて来たのか。
では今の今まで必死に走って逃げたのは何だったんだ?
怒りの感情は無い。ただ純粋に、一気に身体が脱力する感覚を得た。
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