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知らないです。
もし和輝にまだいつもの元気が残っていたのなら、そう断言していただろう。
それにしても、何と言うか徐々に緊張感が欠落してきていないだろうか。
そう感じていたのは和輝だけではないようだ。
「いやに人懐っこそうな幽霊なのね……」
先頭組のまひろも緩んだ口調でこちら側を振り返る。
そう、『何かが』妙だった。
生きている人間に語り掛ける幽霊の怪談話なら、聞いた事も有る。
自分が幽霊だという事を隠して、人間と接する話も有っただろう。
で、こんなに堂々と幽霊感を隠さずに笑顔で擦り寄ってくる幽霊はどうかと言うと、和輝の思考は暗闇に閉ざされた。
真後ろの幽霊少女は何かを決心したように両手をグッと握り締めると、眉を逆八の字に寄せて握った右手を勢い良く挙げる。
「じゃあ、追い掛けるの止めるので! 和輝さん達も止まって貰って良いですか!?」
いきなり自分の名前を呼ばれて、和輝は心臓が止まるかと思った。
「な、何で俺の名前……!」
「ナツキの『ビビッとレーザー』です!」
いきなり何を言ってるんだ、コイツは。
誰も返答をしなかったので、そう思ったのは和輝だけでは無い筈だ。
「……『レーダー』……かな?」
冷静に言い返した舞に、幽霊少女は挙げた右手の人差し指を向ける。
「……そう!」
とんでもない間違いだ。かと言ってその指先から本当にレーザーを出されても困るが。
先程の、井戸での絶望は何処へやら。
気付けば幽霊少女の足は宣言通りに止まっており、皆の足も徐々に回転数を落としていた。
五人の間に、困惑と疑念の表情が広がっている。
恐らくだが、五人の頭の中には、ほぼ同じ疑問が浮かび上がっているだろう。
後は誰がその疑問を対象に投げ掛けるか、という段階だ。
「ねぇ……キミ、ホントに幽霊?」
幽霊かどうかは彼女が一番良く判っているだろうに、思わず率先して訊いてしまったのは舞だった。
幽霊少女はその質問を待ってましたと言わんばかりに仁王立ちになると、逆八の字眉はそのままに、片手を自身の胸に押し当てて力強く返答した。
「はい! 私、幽霊なんです!」
まるで他人事の様な清々しさである。
五人と、一人か一匹か数え方に些か困る幽霊の間に気まずい沈黙が流れた。
瞬でさえ、今や足を止めて場の空気に掴まれている。
「……どうする? 和輝」
虚ろな眼差しで幽霊少女を凝視していた優弥は、そのまま和輝に訊いてきた。
「話だけでも聞いてやるか?」
「……何で俺に訊くんだよ」
「名指しされたろ」
間髪入れずに逃げ道を塞がれた和輝は、目を閉じて頭を振った。
事実は事実だが、何でよりによって自分が名前を呼ばれたのか。
周りを見回さなくても、全員の視線が和輝に集まっているのを感じた。
答えようによっては、ここからまた猛ダッシュする羽目になりかねない。
一刻も早くここから逃げ出したいだろう瞬。
幽霊との遭遇に目を輝かせているまひろ。
早くも気を許していそうな困惑顔の舞。
どうでも良さそうな優弥。
友達感覚の幽霊。
全員の思考を想像し、和輝はこの場で最も適切な判断を下さなければならない。
長考する事も『本当は嫌だけど』と捉えられそうで、崖っぷちに追い詰められた感覚に陥った。
短い脳内迷路を抜けた先で、和輝は瞳を開く。
目の前には、ちんまりと揺れながら何の疑いも持たずにこちらを見つめる少女の姿。
「まぁ……それで無事に帰れるって言うんなら」
本当の答えは違ったかもしれない。
だが、幽霊に有るまじき活気に満ちた瞳の前では、拒否を口に出す事は出来なくなってしまった。
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