三章:噂をせずとも奴は来る

P.51

 早くも三度目の幕が上がった。

 舞台は変わらず墓地の中。

 ただ、明確に違うのは。

「何で逃げるのー?」

「そりゃお前、有名な幽霊が全力で追っ掛けて来てみろ! 怖えぇだろ!」

 追う側が目と鼻の先にいらっしゃる事だ。

 いやこの場合は背中と臀部の後か?

 そんな事はどうでも良い。

「反応している暇が有ったら逃げた方が良いぞ、和輝」

 全くもって優弥の言う通りだ。と、和輝は顔を上げた。

 何を素直に返事してるんだ、俺は。

「つーか、お前も霊感有ったのかよ!」

 最も先に逃げていそうな瞬は、意外にも和輝と優弥、二人と並んで優弥に吠えた。

「今まで散々『幽霊なんて居ねーよハーゲ!』みたいなツラしてたくせにぃ!」

 あの陸上部を彷彿とさせる彼の姿は、もうそこには無い。

 優弥だってそうだ。顔に『もうしんどい』の六文字が書かれている。

「居ないなんて言ってないし、ハゲなんて言った覚えもないぞ。あ、幽霊さん! コイツ馬鹿にしてますよ!」

「ギャー!! 呼び寄せてんじゃねぇ!!」

 何処か遠くへ呼び掛ける優弥を瞬が必死に食い止める。

 食い止めるとは言っても、二人とも直線を走る以外の行動は起こしていない。

 言葉だけの静止など、ほぼ無意味に等しいやり取りだった。

「お前がポテチなんか持って来っから寄って来たんだろ!」

「ポテチは関係ねぇだろ! そんなもんで釣られる霊なら仲良くしとけ!」

 勢いで取っ組み合いが始まりそうな程、二人の口論が激化していく。

 限界を迎えそうな身体の何処にそんな余力が有るのか、それとも限界を迎えてアドレナリンでも過剰分泌されてるのか。

 倦怠感で支配されつつある肉体を、互いに鼓舞しようとしている様にも見えなくもない。

 最早、これを逃走と言って良いものかも疑わしい。

「二人共、仲良いのねぇ」

 などと、先頭を走るまひろの口からほのぼのとした言葉が出る程度には、五人の中で諦めだとか、努力賞だとかいう言葉が見え隠れしていた。

「馬鹿なだけじゃないかなぁ」

 まひろのペースで先頭に喰らいついている舞は、少し辛そうだったが。

 先程、優弥は『高校のマラソン大会』だと言っていた。

 これはそれこそ、そのマラソン大会でゴールを目前に気持ちの弛んだ少年少女達そのものだろう。

 足は限界。体力も使い果たした。持てる全てを出し尽くした。

 だのに、もうちょっとが果てしない。

「わ、私そんなに有名なんですか……!?」

 おまけに良く解らない脅威が後ろから急き立てて来る。

 幽霊が自分の評判を気にするか?

 調子が狂う感じがして、和輝は同時にこの状況の不可解さにも眉根を寄せた。

(……何で誰も追いつかれてないんだ?)

 幾度と無く述べている様に、和輝達五人の身体は限界に達しつつある。

 幽霊に体力という概念が有るのかは判らないが、少なくともこの場まで追いかけて来られたのは事実だ。

 しかも今まさに追い掛けて来る様子からしても、息を切らしている様には見えない。

 片や今にもぶっ倒れそうなグループと、片や振り返れば笑顔さえ見せながら追い立てる女。

 状況を整理する迄も無く、誰かを捕まえるのは容易な筈なのだ。

 では、そうなっていないのは何故なのか。

 遊ばれている、そうとも取れる。

 それとも他に用事が有るとでもいうのか。

 大体、先程からまともな返答はしていないというのに。

「あのあの、もしかして私の名前とかも知られてたり……?」

 こんな質問をされる始末だ。

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