P.50

 皆の視線が一斉に優弥へ集まった。

 瞬もまひろも驚いて目を丸くしていたが、瞬が恐怖寄りであるなら、まひろは嬉しさが混じったような……いや明らかに混じっている。

「そう、それ! 何ならアタシより強くない!?」

 ここぞとばかりに、舞も和輝に便乗する。

 当の優弥は、口に片手を当てて何かを考え込んでいた。

 和輝はあの仕草を見た事が有る。

 前に『車は持ってない』と言った数日後に、瞬と和輝に運転している所を見られた、あの時だ。

 結局それから遠出をする時は足にされてしまっている。

 そして、バレてしまった後の彼はやけに潔かった。

「……ま、今更お前らに隠す事でもねぇか」

 口元の手がダラリと下がって、優弥は軽い溜息を吐く。

「ただ『何となくそう見えるし聞こえる』ってだけだからな? 本条より強いかどうかも判らん」

 優弥は更に語る。

 霊が居る場合、そこから『空気の圧』のようなものを感じるらしい。

 墓地に入った時は何も感じなかったが、進んで行くに連れて後ろから押されるような『圧』を感じた、と。

 それが恐らくあの足音の主か、若しくは主達なのかもしれない。

 目の前に立たれればハッキリと視認する事が出来るが、実体として触れる事はほぼ出来ない。言葉が通じるなら、会話は可能だ。

 稀に強い力の霊には触る事も出来るそうだが、殆どが空気の塊のようにしか感じられないそうだ。

「……だから、本条より弱いかもしれん」

 まず本条の霊感がどの程度か知らないからな。と最後に付け加えた。

「アタシ……」

 一通りの説明を受けて、舞はポカンと口を開いた。

「……喋ったり出来ないんだけど」

 それを聞いて、優弥は居心地が悪そうに首の後ろを掻いた。

「隠してたのは何で?」

 まひろが問う。心なしか、優弥に距離を詰めて来ているように見える。

 それを感じ取ったのか、優弥は一、二歩後退ってから答えた。

「……まぁ、色々有るんだ。大した理由でも無いけどな」

 しかし、これで少し納得がいった。

 ここまで優弥が妙に冷静に行動していたのは、きっとこういう状況にも慣れていたからなのかもしれない。

「じゃあ……足音がどうなってるのかも判るのか?」

 すっかり落ち着いた和輝は、優弥に改めて訊ねる。

 優弥は、しっかり縦に頷いた。

「判る。今は辺りには居ねぇな。少し休んでから戻っても問題無いだろ」

 瞬、和輝、舞の三人の気が緩み、四人の盛大な息が漏れた。

 これだけ落ち着いた人間がそう言っているのだ。安心の桁が違う。

「マジでヘトヘトだわ……」

 手に着いた砂を払い落としながら、やつれた顔で瞬が立ち上がった。

「ホント。一生分走ったんじゃない?」

「帰ったらすぐ風呂に入りたいなぁ……」

「頑張ったねー」

「こんなに走ったの何時ぶりかしら?」

「高校のマラソン大会以来じゃないか?」

「城戸っち、あん時サボってたろ!」

 後は車に戻って、帰路に着くだけだ。

 大変な思いはしたが、一季節のイベントとしては成功した、のではないだろうか。

 暫しの談笑にやっと空気が和む。六人がこうやって会話するのも後少し……。

(……ん?)

 真っ先に気付いたのは和輝だった。

「い……今、おかしな奴居なかったか!?」

 突然慌てふためく和輝を、瞬がキョトンと見ている。

「なーに言ってんのよ和輝ちゃーん。増えてたら流石に気付くだろ……」

「ねー」

 瞬が言葉を途切れさせた。続け様に、誰も聞いた事の無い声が相槌を打った。

 全員、その場で固まった。

 皆の輪の中に。

 瞬と舞の間に挟まれた位置に、長い黒髪と白のワンピースをした女が、瞬を見上げながら立っている。

 本当に。どうして。突然。

「うっ……」

 舞と優弥も居ながら。

 誰も、気付かなかったのか。

「うおぉぉぉおおい!? なっ、何で……いつの間に……!」

 瞬と舞がほぼ同時にその場から飛び退いた。

「オイオイオイ、気配無かったぞ!」

 流石に優弥も混乱を隠し切れていない。

「ま、まひろっ!」

 舞はまひろの傍に駆け寄った。

 しっかり腕を握っている。こういう時に頼もしいのは、やはり一番落ち着いた人間のようだ。

 まひろはその女から目を離さず、しかし握る舞の手にも自分の手を重ねて、しっかりとした口調で言った。

「……増えてる!」

 女は何がそんなに興味をそそられたのか。

 それとも今から襲う標的を定めているのか。

 少なくとも和輝にはそうとしか見えなかったが、キョロキョロと辺りを見回すその女は、何処か追い詰められた時の瞬にも見えてしまった。

 女はひとしきり顔を動かした後、こう平然と言ってのけたのだ。

「……誰が!?」

 余りにも呑気な質問。

 誰もが同じ答えを思った。和輝もそうだった。

 そして相手が幽霊だと知りつつも、こう言わざるを得なかった。

「お前だよ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る