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 走る。走る。

 本日二度目の逃走劇。

 疲労済みの身体に鞭を打って、彼らはひたすら前に後退する。

 三人が瞬に追いついたのは、和輝の体力が限界を迎えて足が上がらなくなって来た頃の事だ。

「ン優弥ぁー……」

 もう腹から声を出す力も無いらしい瞬は、拙い足取りで最年長に呼び掛けた。

「俺……マジ限界かも……」

 そんな彼より何メートルも先に進んだ優弥は、切れ長の瞳でチラリとだけ後ろを振り返った。

「アイツはアイツで……どうなってんだ、体力……」

 和輝はまひろに抱いていた心情を、そのまま優弥に放り投げた。

 どれだけ走っても追い付けそうにない。むしろ、走れば走るだけ彼との距離は離れていきそうな気さえする。

「でも」

 と、和輝の近くで涼やかに変わらない音色の声が鳴る。

 皆、一向に余裕が生まれない中、まひろの声は微かな清涼剤だ。

「彼、一人で前に行き過ぎじゃないかしら? そんなに、怖がってるようには見えなかったけど」

 和輝は優弥の背中に視線を移す。

 普段の言動から考えても、彼がそこまで取り乱しているとは思えない。

 だとすれば、だ。

 和輝はこの墓地に入ってからの優弥に対する違和感を、自分なりに考察した。

 あれは先行して様子を見ているのではないか。と。

 しかし、考察するというのはそれ位の余力が生まれている訳で。

 それは和輝の足が次第に遅くなっている事に他ならなかった。

「置いてくよー!」

 前から降った舞の激励で和輝は思考の渦から我に返る。

 気付けば最後尾に位置している。最悪だ。こんな殿なんて誰が務めるものか。

 ついさっき反省も後悔も後回しだと誓った筈なのに、と自分を戒めて和輝は力を振り絞った。

 今心配しなければいけないのは、無事にここを脱出出来るかどうかだ。

 墓地がどのような構造になっているかの知識は無かったが、ずっと左手側に墓が並んでいるのを見るに、自分達は墓地の側面を沿っているらしい。

 加えて、記憶と感覚が正しければ駐車した場所からどんどん離れていってしまっている。

 墓地を一周するなんて、優弥とまひろ以外はここで脱落してしまう。

「あの木だ!」

 優弥が前を見ながら声を飛ばした。

「あそこまで走るぞ!」

 木、とだけしか言われなかったが、皆がそれを理解出来た。

 右手側に生えている、周囲と比べて一回り大きな目立った木。あれの事を言っているのだ。

 ゴールが見えた。和輝はそれだけで安心した。

 優弥の言った木は、恐らく今の和輝でも一分も掛からずに到着出来る。呼吸を気遣う必要も無い。

 和輝は深めの息を吐き切って、全ての力を腕と足を振るう事だけに使った。

 木の手前で自分の横腹に手を添えた優弥は、やっと疲労の色が見えた。

 一息吐いた後に、後続のメンバーを振り返る。

 到着順は走っていた時と変わらない。最初に優弥、次いで瞬、まひろと舞が同時に飛び込み、最後に和輝が加わった。

 全員、最早まともに会話も出来ないくらいに心臓が脈打っている。

 俯いたままの瞬と舞の顔から、止めどなく汗が滴っていた。勿論噴き出ているのは顔からだけではなく、衣服が貼りつく感触に和輝は気持ち悪さを感じる。水分を買って来なかったのは失敗だった。

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