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「サ、サンキュ……和輝」

 無理矢理に瞬を立ち上がらせた和輝は、潰れるような彼の声を聞く。

 幸いにしてアイツはまだ完全に出て来てはいない。

 今の内に皆に追いつかなくてはいけない。

 瞬の速度はやや落ちてはいたが、二人は脇目も振らずに走り出した。

「急げ、こっちだ!」

 瞬と和輝を待ったまま逃走経路を確保していた優弥が、二人に叫ぶ。

 入って来た草藪とは大きく離れた獣道を、優弥、瞬、和輝の順で走り抜けて行く。

 木は邪魔だが藪よりだいぶ走り易い。

 草の根に足を捕られないのも、逃げるに最善のルートだ。

 抜けた前方に舞とまひろが居たが、小走りになりながら行く先を見失っていた。

「今度は引き返すの?」

 相変わらず緊張を感じさせない物言いで、追い付いて来た優弥にまひろが訊ねる。

 優弥は何かを確かめるように手早く辺りを見回し、まひろ達に答えた。

「いや、まだ気配がマズ……本条、何か判るか?」

 ほぼ言い切った後に、慌てて舞へ訊ね直す。

 その合間に追い付いた和輝は、聞こえた優弥の言葉に二度目の違和感を感じた。

「あ、えっと……」

 舞が急いで周囲の確認を始める。

「来た道はダメ!」

 混乱していると霊感とやらは働かないのか、はたまた本人の自覚が薄れているのか。

 今こそ舞の力が発揮されるべき時なのだが、彼女は狼狽えた様子でひたすら辺りを見回していた。

 右、左、右、後ろ、右。彼女の小さな顔と大きな目が引っ切り無しに動く。

 左、右、正面……やがて彼女の顔が、自信無さげに一つの方向に留まった。

「こっちだな!」

 それを見計らったかのように、優弥が率先して右の道に走り出した。

「えっ!? ちょ、ちょっと、まだアタシ言ってな……!」

「舞ちゃん早く!」

 瞬が促しながら前に飛び出して行く。

 見る見るうちに遠くなっていく二人を舞が引き止められる術は既に無く、その場のまひろと和輝を交互に見ると、和輝に向かって前方二人を指差した。

「……正気!?」

「怪しいけど、でも……」

 何か言い掛けた和輝と二人の女子が揃って後ろを振り向く。

 草藪が、揺れている。

「置いていかれるよりマシね」

 和輝が言いたかった言葉を察して、まひろは頷く。

 再び前方の二人を見据えると、彼女は速度を上げてついて行った。

 頭一つ分遅れて和輝と舞もそれに続く。また出遅れた。まひろの背中を見ながら逃げるのはこれで二度目だ。

「二人ともっ、まだっ、大丈夫っ!?」

 走りながら、和輝は自分の体力の無さを痛感する。

 横の二人はどうだ。小柄と華奢の体格から和輝よりも、もっと疲弊してもおかしくは無い。

「私は、余裕」

 赤茶のポニーテールを揺らしてまひろは涼しい顔で答えた。

 やや前傾の完璧とは言えないフォームなのに走る姿勢は美しく、何より言葉にも淀みが無い。

 もしかしたら、五人の中では一番余裕が有るんじゃないだろうか。

「アタシはっ、高校の時からっ……」

 隣の舞は和輝と同じように言葉を途切れさせながら、それでも自信たっぷりの汗が流れる顔で返答した。

「五十メートル、十秒フラットっ!」

(それって遅くないか?)

 和輝はそう言い掛けそうになったが、その舞と並走している時点でその資格は無いなと気付いて息継ぎに専念した。

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