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任された嬉しさ半分、いよいよ後戻りが出来なくなった後悔半分で、瞬は涙目笑顔の複雑な表情で取り残されてしまった。
一回、二回。瞬が深呼吸にもなっていない息を繰り返す。震えたままで上手く吐き切れていない。
まひろは数歩後退っただけで実は瞬のすぐ後ろに待機していたのだが、恐らくそれにも気づいていないだろう。
今、まひろが大きな音でも立てようものなら、きっと彼はそのまま幽霊の仲間入りを果たしてしまう。
それでも、男、御堂瞬。
一度言い出した言葉は取り下げない。
「気を付けて、ね……?」
舞が小さく最後の警告を出した。
それに対して、瞬も小さく親指を立てる。
誰だって、女子の前では格好つけたいのだ。
一歩、瞬の足が前に出た。
「……本当はね」
音も無く舞い戻って来たまひろが、突然静かに口を開いた。
「解ってるのよ。幽霊なんて、架空の存在でしかないんじゃないか、って」
とても、とても悲しそうに目を伏せてまひろは言う。
彼女にとってそれがどれ程深刻な悩みなのか、和輝には解らなかった。
でも、この日を楽しみにはしていた筈だ。
行く前も、道中も、まひろの透き通った瞳が濁っている瞬間は見ていない。
そんな彼女でも、心の内には濁りを抱えていたのだ。
やけに素直にカメラを渡したように見えたのは、心の底ではこの諦めが澱となっていたからなんだろう。
和輝だって、今のまひろの言葉には賛同する側だ。今しがた皆で逃げた経験さえ無ければ。
「さっきだって、全然引き下がらない私を皆で驚かせてくれたんでしょう? ありがとね。でもあんな草むらまで入っちゃって……あーぁ、もう、服が葉っぱだらけよ?」
苦笑しながら服を払うまひろを前に、和輝は無言で疑問符を浮かべた。
あの音に気付いていないのか?
少なくとも、和輝の耳にはあの一定のリズムをした不協和音は聞こえてしまっている。
皆で驚かせた?
示し合わせたと言うのなら、少なくともその『皆』の中に和輝は入っていない。
今度は優弥と舞がお互いに顔を見合わせ、頭の動きだけで会話をしていた。
優弥はゆっくり、舞は小刻みに、見合わせたまま首を横に振っている。
かと思えば、次は二人とも何かを確かめるようにゆっくり首を縦に揺らした。
二人の間でどのような言葉が交わされたのか、和輝には理解出来ない。
通じ合う何かが有ったのは確かだろうが、最後に二人揃って和輝に視線を送った後でも、和輝は目を逸らして首を傾げる事しか出来なかった。
その遠くで、スローモーション再生をそのまま現実で掛けられたかのような瞬の強い一歩目が、これでもかと地面を踏みしめた。
まだ、何も起きる気配は無い。
その最初の一歩にどれだけ勇気を振り絞ったか、和輝は知っている。
何故なら続く二歩目の際に上げた一歩目の足の下に、彼のスニーカーの跡がくっきりと残っていたからだ。
「頑張れよ、瞬……」
そんな彼を見て、和輝は思わず声援を抑えきれなかった。
代わろうか、という気持ちになれないのが今やもどかしい。
いや、ここに来て言うのは野暮というものだろうか。
五歩目までをクリアした瞬は、ついにビデオカメラを胸の前まで掲げて進む。
歩みは最早歩みと呼べるようなものではなく、常に利き足を前に出して小股で前進していた。
それでも、目標の距離まで半分を切っている。
「あ……!」
和輝の隣で、亜麻色の髪が揺れた。
とても小さな一声だったので、和輝は野生の動物が鳴いたのかと一瞬草むらを見渡した。
しかし、ほぼ同時に発せられた彼の声は、どう足掻いても聞き逃す事は出来なかった。
「瞬、待てッ!!」
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