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「なに……なんだよ急に」
「到着だ」
サイドブレーキを引きながら優弥は瞬に答える。
話に集中して気付かなかったが、目的地の真横まで車は進んでいたようだ。
道路沿いに木々が密集している上にこの暗がりなのでパッと見てもそうだとは気付き難いが、昼間ならあの隙間から墓石の頭部がぼんやり見えるだろう。
ということは。
見える。
墓地とは真逆の位置、道路を挟んだその先に一際雰囲気の暗い建物が一つ。
その建物の名称を示す看板はすでに外されている故に、地元以外の人間が見てもこれが何なのか判る者は少ないだろう。
白かったであろう外観は暗くても判る程に錆びついて薄汚れ、それでも尚、当時の面影をそのままに堂々と鎮座している。
L字型の構造も、三階建ての高さも、朽ちかけていることを除けば幼い頃の和輝の記憶そのままだった。
調べたと言っていたまひろ、それに恐らく舞もこれのことを知っている筈だ。
この建物こそが金城病院。
ただ墓地に行くというだけなら気に留めなかったかもしれないが、今となっては誰も訪れる事の無くなった白い施設の建物から妙な圧力を感じてしまう。
「……神谷、車停める所なかったか?」
その妙な空気に和輝が気を取られていると、前方から優弥の唸り声が聞こえてきた。
この場で降りるつもりではなかったのだろうか。
確かに、道のど真ん中ではあるが。
まひろは視線を斜め上にやり、右手で口元を半分隠してそこに空想の地図を描き出した。
「そうねぇ、確かもう少し進んだ先に在ったと思うわ」
「ここで良いんじゃねぇの?」
退屈そうに瞬が口を挟む。
怖がっていた割には随分と挑戦的だ。
しかし、優弥は特に考える素振りも見せず、アクセルを選んだ。
「万が一、見つかって面倒になるのは御免だ」
この言葉に和輝と舞も賛同した。
なるべく重苦しい雰囲気を醸し出す廃病院から離れたかったのだ。
距離を離していく病院には振り返ることもせず、和輝はただ駐車場へ入るのをじっと待った。
幸いにして、駐車場に入ってみれば病院は周囲の木々に隠れて全貌を認識することは出来ない。
駐車場の中からは墓地に入る場所がないことを確認すると、優弥は一番手前に車を停めた。
「着いたなー。サンキュー、城戸っち」
「おう、コケんなよ」
颯爽と下車しようとする瞬に、ハンドルを握ったままの優弥が声を掛ける。
彼が降車したのを皮切りに、後部座席の左右も一緒にドアが開いた。
車の中の快適な冷風とは程遠い、生暖かい空気が和輝の全身を伝う。
いやにひんやりした、とか真夏なのに寒さを感じた、とかでもなく、現実に戻される様な、只々鬱陶しい感触だ。
「あれ、そういえば入り口って何処に在んの?」
降りてから辺りを見回していた瞬が言った。
和輝とは反対側から降りた声がそれに答える。
「さっき、彼が止まった場所があるでしょう?」
この空気にも負けない涼し気な声が顔を覗かせる。
まひろは微笑を浮かべて車の前に回りこむと、そこに居る瞬に続けて言った。
「あそこよ」
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